インテルメディオ エピソード3

「鋼始郎、とりあえず、ナースコール、ナースコール!」

「お、おう」

 商一の慌てた声を聞きいれた鋼始郎は、ベッドの近くのパネルにある『呼出』と書かれたボタンをプッシュ。


 理由は単純にハンド型子機よりも先に見つけたからだ。


 迷わず、呼出ボタンを捜したのも──この現象に不思議に思う所があるが、ソレを言語化するには時間がかかる。そんな頭の個室に籠るよりも、まずは行動に移すべきだと即座に反応した体は、今すべき最善手を──反射的に実行したからだ。


「この痣、舞生が倒れたときにも出てきたんだ」

 呼出ボタンを押したのを確認してから、商一は病院に行くことになった経緯を話し出す。


 確かに、このどうしようもない状態を、彼一人が解決できるはずがない。


 暗中模索なんか、流行らない。


 まずは周りの大人を頼るのが筋というモノ。

 不可解な情報は一定数に拡散させないと、答えにつながる道筋にすらたどり着けない。

 例え、他者を道連れにするような形になっても、一人で抱えるよりはずっと先は明るい。


「そりゃ……奇怪だな……」

 鋼始郎の頭の中に重病という言葉がよぎる。


 現状、奇々怪々としか思えないが、そこは中学生、世の中には自分の知らない知識が多いことぐらい察せられる。


 体に痣のようなものが浮き上がるのも、病気の一つとまず考えるのが普通だ。


 だが、本当にそうか。


 また、この直感が外れていても、観察するという行為は無駄ではない。

 鋼始郎は疑念と妥当性から、舞生の体に浮き上がる痣を見続ける。


 頭の中の警告音が高鳴るのを感じながらも、ありったけの知識を総動員させる。

 そして、浮かび上がる痣、蛇のような縄模様の痣に、既視感を覚える。


 しかもつい数時間前、見た気が……いや、見たのだ。


 気がついてしまった鋼始郎は、病室だというのに絶叫するしかなかった。


「なんで、舞生の体にこんなものが浮かび上がってくる!」


 初見だったこともあり、ナースコールで呼ばれた病院関係者の方々から、注意される程度に収まったのが幸いだった。

 あのまま強制退出させられたら、鋼始郎は照乃にメモを渡して、舞生の体に浮き出ている痣を書きとめておいてと、頼めなかっただろう。


 心当たりがあるが、見間違いではないとは言い切れない。


 確信がどうしても欲しかったのだ。


 女性で年配の照乃だかこそ、ベッドの周りを囲んでいるカーテンの向こう側で、パジャマを脱がされ、全身をほぼ露わにされた舞生の側に立ち会える。


「ばぁちゃん、舞生のことは任せた」

「浮き上がる奇妙な痣は永業さんにも知らせたほうがいいからね」

 担当の医者も交えて後で話し合うだろうが、資料は多くても邪魔にならないだろう。


 診察のため、カーテンからは追い出された男子中学生たちは、舞生のくぐもった悲鳴に黙って耐える。


(舞生……)


 鋼始郎は何もできない自分が悔しくて、情けなくて、涙が出そうになる。

 だが、涙を流す暇なんかない。

 ここは堪えて、弱い自分が出来ることをするしかないのだ。


(そうだ、紙だ。メモ用紙!)

 照乃に絵を任せたのだ、なら鋼始郎は文章のほうを重視すればいい。


(舞生の悲鳴、苦痛がどのタイミングで発生したのか……条件について何もわからないけど、わかっていることだけは書き残さないと)


 眠り姫のように眠っている。

 ただし、痣が出ると、苦しそうだ。

 日付と時間も、第一発見者である商一の情報と照らし合わせて、簡素ながらもまとめる。


 何の役に立つかはまだわからないが、観察と観測を意識していることも重要。今は稚拙ながらも、これだけメモに残せば上々だろう。


 鋼始郎たちがメモをとり終わるとほぼ同時に、カーテンが開かれる。


 舞生の浮き上がる痣と連結している苦痛の時間は、現時点約二十分。


 慌てていたので正確に計測したわけじゃないけど、ナースコールを押した時のパネルに表示されていた時間は鋼始郎の頭に残っていたので、出せた。


「痣が浮かび上がるたびに、苦痛があるとか……舞生の体力が心配だな」

「そうだな、鋼始郎……」

 ちなみに、前回との間隔は三時間ぐらい。

 不規則なのか定期的なのか現時点では判断できないが、スパンは思ったよりも短かった。


 そう何日も耐えきれるものではなさそうだ。


「時間制限あり、か……」

 でも、慌ててはいけない。


 鋼始郎はパンっと両手で自らのほほを叩き、叱咤する。

 気合は十分だ。


 永業のお母さんの姿が見えた後も、情報共有で時間をくったが、その分の報酬はあった。


 絵心のある上に良識のある照乃が描き止めた、理系特有の簡素だが重要ポイントがはっきりされているので理解しやすい、舞生の痣の観察絵を持つことを許してくれたし、リップサービスでも、いつでも見舞いに来ていいという保護者から了承を得た。


 これは大きな一歩だ。


 鈍色の空の下、照乃の運転する車の中、後部座席にいる鋼始郎と商一はスマホをタップし、舞生の痣と目的の画像を見比べる。


 結果は鋼始郎の予想通り。


 まるでトレースしたかのように同じ模様だった。


 当たったことによって、次の目的地が決まった。


 まだ目的地の交通網が混乱しているようなので、一般人である一行は現場には行けなさそうだが、その間は準備期間に当てればいい。

 外泊の準備をしつつ、できる限り必要と思われる資料をまとめる。


(ああ、やることが多いな)


 鋼始郎はまぶたを閉じ、天を仰ぐ。

 まぶたの裏に浮かび上がるのは、不思議な模様。


 まぶたの皮膚はとても薄いので、自分のまぶたの裏に映る毛細血管やそこを流れている赤血球が見えるという考えがある。


 他にも、目を閉じたときの眼球にかかる圧力によって目の血管が痙攣を起こし、それが刺激となって、模様が見えたように感じる場合等、目をつぶるだけでも、たくさんの不思議が詰まっている。


 こんな何気ない行動一つでもこうなのだ。


 舞生に襲い掛かった怪異もまた、たくさんのナニカが詰まっているのかもしれない。


 ただ、一つ問題があるとしたら……大観鋼始郎はこの怪異には、深く関われないということか。



 少し訂正するならば、この大観鋼始郎は、だが……。

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