インテルメディオ エピソード1

 大観鋼始郎の目にこのニュースが止まった時、外からザァーザァーっと激しい雨の音が聞こえていた。


「くろのみ中学校無理心中事件……」


 ある辺鄙な町で起きた、校舎内で六名の男女が無理心中し、その若い命を無意味に散らしたという、未成年者のやるせない事件だった。


 無理心中に至った詳しい経緯はまだ調査中だと記されてはいたものの、SNSでは多くの情報が飛び交っていた。


「ふ~ん。インパクトがある中傷記事が多いのはいつものことだけど、よくまぁ、憶測だけでこんなに書けるものだ」


 くろのみ中学校は少し前から悪名を轟かせていた。


 なんでも同級生が学校内で窒息死したことから事件が始まったそうだ。

 この事件や無理心中に至るまでの経緯と概要について、某サイトの一部を抜粋して紹介する。


 くろのみ中学校に通う、辺鄙でも町の有力者の子どもである六名は、こともあろうか、その同級生の死亡直後の体を体育館で丸裸にした上、体のあちこちに落書きをし、辱めた。


 ひどいやつに至ってはソレを無修正でインターネットに投稿するという、道徳観、倫理観が欠如していた。


 一応その時の画像は削除されたようだが、ミラーが出回っているので、ちょっとネットに詳しいやつは、膨大なネットの海の中にある以上、拾い上げることが可能だと、苦言している。


 そもそも窒息死自体、その場にいた六名の生徒たちが仕出かしたことではないかと、警察沙汰になり、地方裁判所に取り上げられた。


 しかし、当時の判決はまさかの無罪である。


 確実に児童ポルノ禁止法違反、死体損壊罪には触れているのに、である。

 事故にして場を濁そうという魂胆しか見えない、杜撰で姑息で不当な裁判だったという。


 そんなありえない事態を引き起こしたために、非難が殺到したのは当然なことで。


 世論のあおりを受け、高等裁判所に上告をし、改めて審議しているという。


 風のウワサでは、すでに判決は下されており、主犯格や共犯者たち数名も少年院に送る手はずのようだが、送り先の少年院についてもめているというのも流れていた。


 少年院に入る……普通に考えれば嫌であろう。人によっては絶望するかもしれない。だけど、よほど潔癖症でなければ、死ぬよりはマシなはずだ。


 そもそも、同級生の死体を辱めた連中が、死んで罪を償うなどと言った気概があるわけが無いだろう。


 ヤツらは獣だ。


 胸糞悪い獣としか考えられないと、ネットで連日そう叩かれていた。

 そんな厚顔無恥の獣と揶揄されるだけあって、六名は図太い神経の持ち主だったことはほぼ明確。


 それでも無理心中を決行したとしたら、前日の水害のせいだろうか。

 避難所に指定されていたくろのみ中学校に、大量の土砂が流れ込んだという報道が昨日あった。


 死傷者が出ていたらしいが、黄魁橋の崩落もあって、とてもじゃないが人を派遣できる状況ではなかった。


 レスキュー隊が現場に到着したのは今日。


 くろのみ中学校の体育館は全壊、校舎の半分は土砂に呑まれていた映像が流れた。

 そして、先ほどのニュースが伝えたのは、呑まれていなかった一階部分で無理心中が起きたということ。


 暴風雨の中、恐ろしい無理心中件を企てた犯人は、六人の中の一人、勧夕かんせき稚羽雄ちはお


 土砂崩れによって両親を失ったことで、将来に悲観し、狂乱したと考えられた。


 己を除く五人の同級生を殺し、最後は自ら首を吊った少年の凶行によって、くろのみ中学校で起きた事件は幕を閉じた。




 ここからは、追加ステージのようなものだ。


 少年少女たちの顔写真はすでに出回っている。

 勧夕稚羽雄と思われる人物は赤丸でマークされ、この事件について少しでも調べていればわかる範囲まで、晒されている。


 死亡が確認されたことによって、訴えられる可能性が低くなったこれからは、さらに彼の顔写真が広まることは、ほぼ決定事項。


 その死は人々に飽きられるまで、咎められ、語り継がれることだろう。


 特にどのような死にざまだったかについては、投下されてそんなに時間が経っていないというのに、熱い議論が繰り広げられている。


 

 推論と欺瞞と僻見で塗り固められている掲示板を、鋼始郎は呆れつつも、目は真剣に追っていた。

 悪趣味だとわかっていても、強い言葉には魅了されてしまう。


 それでなくても間遠の他者の不幸は、安全な場所で高みの見物できる上に、一方的に見下せるから、安心して仄暗い喜びに浸れる。


 鋼始郎は己の身が平穏にあればあるほど、他人の不幸は蜜の味シャーデンフロイデを深く感じるタイプであり、こういうジメジメした暗い時期だからこそ、一層魅力的に感じてしまっていた。


 取りつかれるように画面から目を離すことはできなかった。


 だが、この陰鬱な喜びは、けたたましい音によって、即座にかき消される。





 ジリリリリリ。

 ジリリリリリ。


 素っ気ないこの音は鋼始郎のスマホの着信音だ。


 なお、この着信音は初期アラームのままである。


 祖母と一緒に暮らしているので、シンプルなほうが何かと衝突が少なくて済むのも理由の一つだが、いちいち変えるのが面倒くさかったというところもある。


 そんな物臭な一面もある、普通の中学生、それが大観鋼始郎だ。


 スマホを確認すると、現れたのは、したがき商一しょういちという人名。

 幼稚園の時から幼馴染で、その付き合いは十年以上と大台だ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る