第17話 卒業写真

 ──気がついたら、俺は教壇で、列席した皆さまの温かい拍手を受けながら、卒業証明書を受け取っていた。


 小規模になるのは決まっていたので、体育館ではなく、教室を使用するのは、前々からわかっていたことだ。


 式典で使わない机は、廊下の奥に片付けられ、ビニール紐で括り付けられてある。

 自治会の方がこのまま公民館に運ぶ手筈だ。


「……」

 驚き、叫びたい気持ちを抑え、俺は一か月の練習の成果を発揮し、自分の椅子へと上品な姿勢で歩き出す。


 この時ばかりは、井之上先生に感謝したよ。


 日ごろの訓練の大切さが身に染みる。


(まだ、何もするな。何も変な行動……この場に相応しくない行動をしてはいけない)


 それにしても、経過した時間ぶんの記憶がないパターンだったとは……。


 俺は奇行にならないように、静かに周りを確認する。

 列席者席の隣のパイプ椅子の上には、祖母の遺影があった。


 俺の突然の案はどうやら受理されていたらしい。


 混乱している俺の頭の中とは裏腹に、くろのみ小学校最後の卒業式は恙なく終わる。


 ああ、終わったのだ。


 俺は、日常に戻ってこれたのだと、安堵の息を吐き、窓から空の様子を見上げ、気がついた。

 あの雨も、降り終わっていたのだと……。








「くろのみ小学校の最後か……」

 パシャリ。

 俺は中庭で、虹をバックに二宮金次郎像を撮影していた。


 雨がやんで、綺麗な虹がかかる景色は、最高に絵になる。


 行きが大変だった分、こんな美しい画像が増えると思うだけでも、身も心も晴れやかになるよ。

 思い思いの場所にスマホを掲げ、今日はメモリーがいっぱいになるまで撮り続けたい所存である。


「お、鋼始郎、いい写真撮れているな!」

 同じく、両親が仕事のため列席していない曜丙が声をかけてきた。


 友希帆は両親と担任や今までお世話になった大人たちとあいさつ巡りをしているのもあって、声がかけづらいからな。


 満足げに撮ったばかりの二宮金次郎像の画像をチェックしている俺なら、チャンス到来だろうよ。


「そりゃ……二宮金次郎像は格好良くて強いからな……」

「ぷはっ。何、その謎情報。うける~♪」

 う~ん……曜丙にはあの怪異空間の記憶がないようだ。

 一応、怪異空間で撮った画像も確認してみたが、すべて消去されてしまったようで、残っていない。


 俺の記憶の中だけのモノ。


 むしろ、俺の白昼夢だったのではないかと疑ったほうがいいレベルだ。


(でも、あんな気色悪い悪夢が残っていないのはイイコトか)

 正直、二宮金次郎像の雄姿以外、覚えていてもいいことはなさそうだし……。


(あ、そうだ)

「ああ、曜丙は知らないのか。実はね……雨の日に黄魁橋を走って渡ると、その【この世ならざるもの】たちが現れるって、ウワサの続きには……」


 さぁ、俺が体験した真実を混ぜよう。


「二宮金次郎像がその【この世ならざるもの】を蹴散らしてくれしてくれるって」

「へ~。そんな続きがあったのか。そういえば、この二宮金次郎像もその内、くろのみ公民館のほうに移すって聞いたし……。あ、なるほど、なるほどね」


 曜丙は得心が行ったという顔で、自己解釈しだした。


「黄魁橋のウワサ話は、水害の警告が元だってことか。橋を慌てずに渡って避難所に行けっていう……」


 ……そうともとれる気がするね。


 俺としては偶然と必然の境を見たような気がして、心がざわつくような、落ち着かないような……でも、こういう解釈もありだなって思う所がある。


 だって、ここは現実であり、日常だ。

 あの白い手に引きずり込まれた理不尽で不条理な怪異空間じゃないのだ。


 この世界のルールに沿った解答こそが、もっとも正解として相応しいと思う。

 俺の知っている真実と離れてしまっても、よくあることなのかもしれない。万人向けって、大変だな。


「鋼始郎、曜丙、きゃぁ!」

 危うく、電伝虫を踏みかけた、友希帆の悲鳴。


 あれ、踏み潰すと靴が汚くなるのもあるけど、罪悪感に苛まれるからな。間一髪避けれてよかったね、友希帆。


(うん、かわいい)


 素でこの色っぽいさ。女子らしいなっと思う。

 卒業式に列席し、今も遠くから見守っているご両親と叔母の奏鳴さんから感じ取れる美形一族の血筋。将来的には、魅力的な美人さんになるだろうなぁ。


 あの怪異空間で聞いた、少女ゾンビたちとは比べようもできないぐらい、かわいいよ、友希帆!


(おおっと。あぶねぇ。まだ心の中に巣くっているのか、あのクソな怪異空間)

 こんな悪影響を及ぼすなんて、なんていやらしい怪異空間だったのだろう。

 これは日常ほんわかで、悪い記憶は早く埋め立て工事しないと。


 ……曜丙と友希帆との別れも近いからな。


 後悔しないように……最低でも後悔しにくいように、濃厚濃密な数日間にしてみせるよ。


 あんな、二宮金次郎像以外は覚えていても意味がない怪異空間の記憶ぐらい上書き保存する勢いで、思い出を作ってやる!


「友希帆、大丈夫か。大丈夫なら、二宮金次郎像をバックに、三人で写真を撮ろうぜ!」

「鋼始郎、二宮金次郎像のことそんなに気に入っていたの?」

「意外だよな……でも、怖がりの鋼始郎なら、助けてくれるヒーローに傾倒しても、らしいっちゃらしいか」

「え、二宮金次郎像ってそんな話、あるの?」

「ウワサにあるらしいよ」


 後から知ることになるのだが、俺がつけたした真実の一行は、この後、混音市の小中学校で数々の怪異を払いのける、希望へと昇華されたらしい。

 こんなことでいいのかよって、笑われるかもしれないが、少なくても、この近辺の怪異たちには致命的な弱点になるのだから。


 俺たちの小さな世界は、こうして平和になった。


 そう、これは俺の世界での話なのだ。


 悔やんだ祖母が、眠り続けていた俺のために、その命を削ってでも、ひっくり返しきった世界の話。


 黄魁命の慈悲と気まぐれによって出来た、一つの世界の話なのだから──。





 ……オロ、オロオロン、オンオロロン、すべてまとめ、ひっくり返して、おしまいだ、おしまいだ……

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