その日のママはめずらしく、暑いのにすごい元気で、テンションが高かった。


 そのせいなのか、その日のお昼ごはんは、ソーメンでも冷やし中華でもなかった。


 ビーフスト……なんとかかんとか……ってやつだった。初挑戦はつちょうせんの料理だって言ってた。確かに初めての味だった。なんか外国がいこくの味がするね、って私が言うと、ママは、なんでもロシアから来たらしいわよこの子、って教えてくれた。


 ママは、午前中のあいだに、わざわざ『スーパー・カワナカス』に買い出しにいって、お昼ごはんをつくってくれたらしい。

 そうまでしてくれて、あれなんだけど、……ママにすんごい悪いなって思うんだけど……、ワガママなこと言ってるってわかってるんだけど……、めちゃめちゃおいしかったんだけど……、ビーフストなんとかの味は、なんとなく夕ごはんに食べたいような味だった。


 でもさ、私は、すんごいうれしかったよ。

 夏にママがこんなに元気なの、いままでなかったもん。

 ……がんばりすぎたのか、ママは次の日、熱を出して寝こんじゃったけどね……。……あとから、私のことをおこりすぎたっていうのも、原因げんいんかもしれないけど……。


 家に戻るまでは、……今日は疲れてもうがんばれそうにない、あれだ、これが、ママがたまに使う『バタンキュー』ってやつだ……、なんて思っていたけど、ママのテンションが移ったのか、それともお肉を食べたせいなのか、いつのまにか午前中の疲れが吹き飛んでいた。


 その日の午後、私はめずらしく、自転車を使って坂の下に出かけた。目的地もくてきちは河原だった。ほしいのは石。


 自転車だから、あっという間に川に着いた。そんなわけないけど、一瞬でワープしちゃったくらいに感じたっけ。


 私は、土手どてに自転車をとめて、河原に降りていった。


 そして、河原を歩きまわって、ちょうどいいやつを探した。

 すると一時間もしないうちに、『これだっ!』ってやつが見つかった。

 ニワトリのタマゴみたいなかたちで、重さも大きさもデブネコをいてるって感じで、白くてスベスベで、石のなかではやわらかそう。


 私は、その石を自転車の前カゴにのっけて、自分も自転車に乗って、来た道を戻っていった。

 ダメもとでチャレンジはしてみたけど……さすがにそのまま『あべこべざか』は上れなくて、自転車を押しながら歩いて上った。


 前カゴが重たいせいで、少し腕の力を抜いただけでハンドルが左右にガクガクふるえて、坂を半分くらい上ったころには……腕がパンパンになった……。

 そこからはもう腕に力が入らなくて、めっちゃ左右によろけた。

 ……それで、カゴのなかの石まで左右に転がりだして、ますますよろけて、私はなんどか転びそうになった……。


 あんまり大変すぎて、でっかい石でも転がしているみたいで……なんかもう……フンコロガシになったような気分だった……。

 ……かなりキツかったけど、それでも私は、なんとか坂をのぼり切った。


 どうしてそんな大変な思いをしてまで、石をひろってきたのかというと、それは、ジュニアのおはかをあたらしくするためだった。

 まえにつくったおはかは木でできたやつで、もうボロボロになっていたから。


 家に戻った私は、さっそく石をにわに運んで、それから、自分の部屋に行って勉強机べんきょうづくえから彫刻刀ちょうこくとうセットをひっぱりだして、またにわに戻った。


 そして、彫刻刀ちょうこくとうセットからマルとうを選んで、それで石をガリガリけずっていった。


 私は、石をほって文字を書きたかった。


 ペンで書いてもよかったんだけど、まえのおはかはそうしたせいか、文字がほとんど消えかけていた。雨に打たれて、文字がとけて流れちゃったんだね。


 私は、もう絶対ぜったいに文字が消えないようにしたかった。

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