石をほるのはあんがい大変で、全力で力を込めないとけずれない。


 休憩きゅうけいしようとしたら、マルとうを強くにぎりつづけたせいで指がひらかなくて、すごい困って、こじ開けるのにかなり苦労したり、マメができてそれがつぶれたり、手首がつってめちゃくちゃ痛いしで、なんどもあきらめかけたけど、それでも私は止まれなかった。だって、どうしてもやりたいことだったから。


 しばらくするとママがにわに来て、目をまるくしながら私に、「……あ、あんた、な、なにしてんの?」って聞いた。

 こうこうこういうわけだと私が話すと、ママは、これでもかっていうくらい口を『への字』にしてしぶい顔をした。


 ぜったいにケガするからやめときなさい、ってママに言われて、私は、ちょっとムッとして、ぜったいそんなことないわ、って心のなかで思った。


 ママの言うことを聞かずに、私は石削いしけずりを続けた。で、その五分後くらいに……私は、手をすべらして、マルとうを左の手のひらにしてしまった……。


 貫通かんつうしたかと思うくらい勢いよくグッサリいったけど、きずはそんなんでもなかった。

 血がいっぱい出ておせんべいくらいの血だまりができて、……なおったあとにも、ちょっときずあとが残っちゃったけど……。


 きずができたせいで、いままで途中でズバッと切れていた生命線せいめいせんが、きれいにつながっちゃった。なんとなくうれしいような気もするけど、すんごい痛かったから、プラスマイナスゼロってところかも。


 ……やっぱりマイナスかもしんない。……このときのことを思いだすと、いまでもちょっと、背中がヒヤッとしちゃうから……。


 手のひらに穴をけちゃったあとも、私は石をけずりつづけた。

 ……ママに見つからないように、ガーゼとばんそうこうできずをふさいで、右手できずを押しつけて血をめて、左手を包帯ほうたいでぐるぐる巻きにして。


 それでも、石をけずっていると血が出てきて、しばらくすると包帯ほうたいは真っ赤になった。そんなだから、石も血まみれになった。

 水で洗っても完全にはきれいにならなくて、……せっかくきれいな石をひろってきたのに……って思って泣きそうになったけど、紅白こうはくはハッピーな色じゃん、ってことに気がついて、目の熱いのはすぐにおさまった。


 そんなこんなでかなり大変だったけど、完成してみると、けっこう思いどおりに文字がほれて、私は満足まんぞくできた。


 ……まあでも、とうぜんあとから、ママに手のひらのきずが見つかって、ヤバいくらいおこられたけど……。

 それに、石をガリガリしたせいでマルとうがボロボロになっちゃって、それが図工ずこうの先生に見つかって、先生にもかなりおこられたっけ……。


 先生は、版画はんが授業じゅぎょうのまえにはかならず、「もうなんどもなんども言っていますけど、彫刻刀ちょうこくとうでは遊ばないように」ってクラスのみんなに注意してたんだけど……、マルとうのことがあってからは、その言葉といっしょに、私のことをギロッとにらむようになってしまった……。


 『……私遊んでないし、めっちゃ真剣だったし』って思って、たまにいじけちゃうけど、じっさいにはそんなこと言えない。ちゃんと反省はんせいはしてるからさ。でも、先生もひどい。……反省文はんせいぶんだって、あんなにがんばって書いたのに、……いまだにけっこうギロギロなんだもん……。


 完成したおはかの前で正座せいざをして、目をつむって手を合わせていると、左手にズキンと痛みが走った。

 だけど、心にはひびかなかった。だってもう、私のなかは、ジュニアのことでいっぱいだったから。


 時間を忘れて、思いだして、ゆっくりと息をした。

 体の力が抜けていたけど、まぶただけがそうじゃなかった。それに気がついた瞬間、私の目は、自然とひらいていた。



  ジュニアのおはか



 あのときあんなに泣いたはずなのに、おはかの文字を見ていると、涙が出て、止まらなくなった。

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