「あのぅ……、わたしそろそろ帰ります。じゃないと、いえの人が心配するので」

「それは感心かんしんだ。きみはいい子だね。だから将来しょうらいきっといいことがあるよ。それはなぜって……? 神さまはいつも、見ている、言っている、聞いている。だけど、ワガハイたちには、それがわからないんだよ。

 ……でも、だけどね……帰り道には、ほんとうに気をつけて。油断ゆだんしちゃダメだ。ほんの少しだって油断ゆだんしちゃダメさ。夜はの時間だ。夜道はの道。……それにね、夜は、すべての人間を、魔人まじんに変えるのさ。だから、誰の言葉だって信用しんようしちゃあいけないよ」

「……おじさんも人間じゃあ……?」

「きみ。うまいこと言うね」

「……いや、言ってないと思いますけども……」

「あっはっはっはっはっ! はー! まあ、なんにしても気をつけて帰りたまえ。そうしたなら、たとえとおにおそわれて殺されようと、誰に気がねするでもなく、堂々どうどうとあのにいけるだろうからね! うはは、うははははは! うはははははははは!」


 なんか怖いこと言われてるってわかってたけど、私は少しも怖くなかった。それどころか、私の心は熱く燃えていた。


「わたしは死にませんよ。だって、やることが、まだまだたくさんありますからあーー!!」


 私は、自分でも信じられないことに、『あっ、ヤバっ!』と思ったときには、トロッコをグーで『バコンッ!』となぐりつけていた。


 するとその瞬間、トロッコは爆弾ばくだんのような音を立てて、バラバラになってしまった……。しかも、それだけじゃなくて……その向こうのブロックべいまで……粉々こなごなになっていた……。……ウソでしょ……そんなに強くパンチしてないはずなのに……。てか耳がすごく痛い……。


「……ぅぅ……耳、キーン言ってる……うぅぅ……痛い……、ぅぅ…………。ぁ、ぁ、あ、あ、……あいう、えおー……、あー、あーあー、あ~……、あ~!」


 てかヤバいっ、耳のテストなんてしてる場合じゃない、ミイラのおじさんにおこられる、と思ったけど、そうはならなかった。だって、ミイラのおじさんは、その姿を消していたから。


 バラけたトロッコの上には、まるめた包帯ほうたいがたくさんのっかっていた。

 たぶん、ミイラのおじさんが体に巻いていたやつだと思うけど……、どうやってあの一瞬のあいだにいだんだろう……、……しかも、めちゃめちゃ丁寧ていねいにまるめてるし……。もしかしてあのミイラのおじさんは、手品てじなの人だったのかな……?


 ていうか、トロッコはバラバラのなかでも、めちゃんこバラバラになっていた。……なんか、小麦粉こむぎこの山みたいっていうか……。

 しゃがみこんでよく見てみると、トロッコの破片はへんは、私の足の小指のつめよりもちっちゃくて、そのすべてが、パズルのかたちをしていた。

 これは……もとに戻すのめっちゃ大変そう……ピースの色はどれもほとんど同じだし……。


 自分でこわしておいてあれだけど、……さすがにこれは私には、……あの、ほら……あれだよ……、…………駑馬どばにムチ打つ! ……こんなパズルしてたら、……ぜったいに明日の朝になっちゃう……いや、それでも終わるかわかんない……、もしかすると永遠えいえんに終わらないかも……。


 というわけで私は、パズルはそのままにして、家に帰ることにした。


 こわれたブロックべいの向こうに道が続いているみたいだったから、そっちに進んでみることにする。

 パズルの山の横をすり抜けたとき、ふと気がついた。こわれて粉々こなごなになったはずのブロックべい欠片かけらが、地面のどこにも見あたらない。ついでに、『いちげんさまことわり』って書いてあったがみも。


 もしかして、あんまり粉々こなごなになったから、風に乗ってどこかに飛ばされちゃったとか……? ……そんなことあるかなぁ……? とか、そんなことを考えながら、私は空を見上げた。


 空には星がかがやいていた。


 真上を向いたせいか、首の骨が突然『ポキ』って鳴った。


 首の後ろをさするついでに、頭の後ろの、さっきブロックべいにぶつけたところに手をのばしてみた。

 さすったり押したりしてみても……なんともない。死んじゃうかと思うくらいあんなに強くぶつけたのに、痛くもかゆくもなかった。……しかも、たいらなままだ。


 いちおう手のひらも確認してみるけど……なにもついてない。最悪さいあく血が出て、そうじゃなくても絶対ぜったいタンコブになると思ってたのに。

 ノーダメージでよかったんだけど、なぜか私は拍子ひょうしけしちゃった。『なんやねん』みたいな感じ。


 先に向かって少し歩いたとき、視線を感じたような気がして、私は後ろに振りかえった。だけど、気のせいだったみたい。そこには誰の姿もなくて、ただパズルの山がこんもりしているだけだった。


 私はオバケとかはあんまり信じないけど、昔からひそかに、透明人間とうめいにんげんはいるんじゃないかって思っていた。

 それはなぜかといえば、透明人間とうめいにんげん透明とうめいで、見えないのがあたりまえだから。

 まあオバケだって透明とうめいになれるのかもしれないけど、私はいままでなにもされたことがないから、たぶんいないんじゃないかって思ってる。


 でもオバケじゃなく透明人間とうめいにんげんだったら、ううん、人間だったなら、とくになんにもしないで、ほかの誰かのことを見ていても不思議じゃないって、そう思う。

 ただ誰かを見ているだけで、幸せとか、楽しいとか、そう思うことが、私にはあるから。ただでさえそうなんだから、透明とうめいになれたりしたら、私はずっと見ちゃうと思うな。

 ……まあもしかすると、私は変わった人で、こんなことを思うのは、世界で私だけだったりするのかもしれないけど。


 私はまた振りかえって、先に進んだ。


 道は一本道らしい。左右はずっとブロックべいで、道の先は真っ暗。だけど、少しも怖くなかった。だって、空を見上げると、なんだか明るすぎなくらいに明るかったから。

 しばらく歩いていると、大きな道に出た。

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