そこは、もとの坂道だった。路地裏ろじうらに入っていったところから少しだけ上った、あとちょっとで坂のてっぺんってあたり。

 あんなに走りまわったけど、そんなに遠くへは行っていなかったみたい。ただ、同じところをぐるぐるまわっていたんだね。


 さっきよりも強く明るさを感じて、私は空を見上げた。ブロックべいがないから、空をすごく広く感じる。


 今日は月がお休みの日だし、晴れてくもがないのもあって、空いちめんで、たくさんの星がピカピカと光っていた。月が出ていないのが信じられないくらいに、空が明るい。まるで、月がくだけて、星のふりをしているみたいだなって、私は思った。


「あ」と私は、思わず声を出していた。カラスさんのことをすっかり忘れていたことに、気がついたから。


 あたりを見渡しても、カラスさんの姿はなかった。あたりは暗いし、カラスさんも黒いから、ただ見えていないだけなのかも。

 そう思って私は、両手を口にそえて「カラスさーんっ」と声をかけてみた。でも、返事はなかった。きっともう、家に帰ったんだね。


 私もはやく家に帰らなきゃ。


 坂をのぼりながら、私はときどき空を見上げた。

 下を向いていると世界を暗く感じるのに、ちょっと上を見ただけで、それがぜんぜん変わっちゃうのが、なんだか不思議だった。


 空を見ているうち、なぜか、頭のなかにオルゴールが浮かんできた。オルゴールの音は、星みたいにピカピカな感じがするからかもね。

 次に、オルゴールのネジを巻くのが頭に浮かんで、……その次には、……さっき会ったバードウォッチングの人が浮かんできた……。


 『……え……な、なんで……?』と考えて、すぐに納得なっとくした。……あの人、ブリキのロボットみたいに歩いていたからだ。なんかあれだもん……背中にネジがついてても、おかしくなさそうだったもん。


 なんだか今日はいろいろな人に会った気がする。


 ……しかもみんな、変わった人ばかりだったような……。でも、そう思うのは、違わないけど、少し違うのかもしれない、なんて私は思った。


 自分でもよくわかんないこと言ってるなって思うけど……、なんていうか、人は誰でも『自分は普通の人だ』って思っていると思うけど、ほかの誰かにしてみたら、人はみんな変わった人に映るんじゃないかな。

 だって、学校の友だちのことを考えてみても、……うわぁ、この子変わってるなぁ……って思うところが、かならずひとつくらいはあるからさ。


 みんな違う人で、みんな変わっていて、違うところがいっぱいあるけど、……やっぱりそれよりかは、同じところがたくさんあるよね。


 今日会った人たちは、なにを考えてるのかよくわかんない人たちだったけど……、それでもみんな、後悔こうかいしたり、うまくいかなかったりで大変そうだってこと、それに、みんな必死ひっしになって生きているっていうのは、なんとなくわかった。……わかったっていうより、『感じた』って感じかな?


 そんなふうにいろいろと考えてみて、それで私がどう思ったのかっていうと、『とりあえず、明日からまたがんばろう』だった。


 いますぐがんばれたら、それがいちばんなんだろうけど……、……なんだか今日はもうクタクタで、……家に帰ったらすぐに寝ちゃいそうなくらいだから。

 ……それに、いろいろ昔のことを思いだしたりして、それでちょっとしゅんとして、今日はもうがんばれそうにない。だから、明日からがんばる。


 どうしてそんなにがんばりたいかっていえば、やりたいことがひとつできたから。……そして、それをするためには、少しだけ勇気ゆうきがいるから。だから、今日は休んで、明日からがんばる。


 思ってたんだよね……最近の私はぐうたらで、昔の自分じゃなくなっちゃったみたいだなって。ただ時間だけが過ぎていくみたいで。それなのに、流れる時間はゆっくりっていうかさ。もともとそんなだったから、夏休みに入ってからはずっと、時間が止まったみたいに感じていた。


 やっぱり前向きがいちばんって、私は思った。人と比べてとかじゃなくて、自分のなかで、自分なりに前向きでいたいなって。


 後悔こうかいだけして、ずっと下ばかり向いているのは、まるで、ネジを巻いているあいだしか鳴らない、こわれたオルゴールを聞いているようなものだと思う。


 大好きな音色ねいろだったなら、それで、少しのあいだ力をもらえるかもしれない。だけど、ずっとそうしてはいられない。だって、もしそうなっちゃったら、自分自身がオルゴールになっちゃうみたいなものだから。


 私は人間なんだ。私は私だよ。行きたいところには、自分で歩いて行かなきゃ。言いたいことは、自分の口で言わなきゃ。


 生きてるとさ。いろいろつらいことや嫌なことがあったり、うまくいかないことや失敗することがあったりして、悲しくなっちゃうことだってあるけど。


 きっと大丈夫だよね。上とか前を向いて歩いていれば。ゆっくりでも、たまに立ち止まっても。ときどき下や後ろを見ちゃっても。

 歩いていればきっと大丈夫だよ。ヘーキでいられる。元気になれる。きっと大丈夫。

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