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 ジュニアといっしょにすごした日々は、まるで夢のような時間だった。おおげさかもだけど、世界の見方が、……ううん、世界そのものが変わった気がした。


 家にいるのはもとから好きだったし、学校も大好きだったけど、ジュニアが家に来てからは、学校から家に帰るのが楽しみでしかたなくなった。


 私は、自分の部屋を見られるのがちょっと恥ずかしくて、いままでは自分から友だちをさそったりはしなかったけど、ジュニアを見てもらいたくてガンガンさそうようになった。ママに苦情くじょうを言われるくらいにね。


 ジュニアにばかり構っていたような気もするけど、不思議とそのころは、いつもより勉強の成績せいせきがよくなって、部活のほうも自己じこベストをなんども抜いたりした。あたらしい友だちができたり、まえから友だちだった子とももっと仲よくなった。なにより、いろいろなことを知りたくてたまらなくなった。

 ひと言でいえば、そのころの私はやる気でみなぎっていて、なにをやっても絶好調ぜっこうちょうだった。

 だけど、そんな日々も長くは続かなかった。


 それは、去年の夏のことだった。


 ジュニアとすごした夏は、それが最初で最後だったから、ジュニアが家にいた期間きかんは、一年にもならないことになる。


 その日もいまと同じように夏休みのさいちゅうで、くもひとつないくらいに晴れて、空は真っ青だった。それに今日みたいに暑くもなかったから、絶好ぜっこうのおかけ日和びよりだった。


 まだ夏休みは始まったばかりだったけど、その日までに私は、夏休みの宿題をほとんど終わしてしまっていた。なんか優等生ゆうとうせいっぽいけど、いつもはぜんぜんこんなじゃない。こんなことは、ホントにいままででいっかいきりだった。


 今年だってけっこうヤバいもん。そうわかっていても宿題を始められない。

 ……きっとなんとかなる……って心のどこかで思ってるっていうか……現実を見ないふりしてるっていうか……まあそんな感じ。……一週間もあれば終わせるでしょ……三日もあれば……まあ一日ずっとやれば……みたいな。


 そんな魔法まほうみたいなことできるわけないし、起こるわけないのにね。毎日の宿題だったらそんなこともないのに、長い休みってなると、どうしてもこういう考えになっちゃう。つい奇跡きせきとかを信じちゃう。


 まあつまり私は、長い休みが来るたびに宿題をあとまわしにしちゃって、それでいつも、休みの最後の日になってものすっごく後悔こうかいしていた。

 シャーペンのボタンをおでこにくっつけて、そのまま押しつけてカチカチ連打れんださせながら、もう私のバカー! ってなんど心のなかで叫んだかわからない。


 そんな私が、夏休みの初めのうちに宿題をほとんど終わしちゃうなんて、どんだけ絶好調ぜっこうちょうだったんだって感じだよ。

 でもけっきょく、その次の日から宿題をさっぱりやらなくなっちゃって、いつもどおりになっちゃったんだけどね。


 それどころか、夏休みが終わっても、それからしばらくっても、宿題を終わせなかった。あとほんのちょっとのりょうだったのに。それだけじゃなくて、毎日の宿題さえやらなくなっちゃって、私はしばらくのあいだ、放課後ほうかご居残いのこりで勉強することになった。


 それはともかく、宿題のほうもバッチリでほかにやることもなかったけど、おかけ日和びよりだったその日のあいだじゅう、私はずっと家のなかですごした。


 もちろん私は、ジュニアに夢中むちゅうだった。


 ジュニアは恥ずかしがり屋さんなのか、家に来てから長いこと、ましたような感じでおとなしくしていたんだけど、このころには、私がトリカゴのなかに手を入れるとじゃれてくるようになっていた。

 こんなのもう、うれしすぎだよね。

 うれしすぎて、ちょっと涙目になるくらいでさ。気分はもう、完全にママだよ。この子を絶対ぜったいに幸せにしなきゃって。


 私はこのころ、家の近くの本屋さんで愛鳥家あいちょうか向けの雑誌ざっしを見つけて、それをママに買ってもらって熱心ねっしんに読んでいた。

 そのなかに、コトリたちは、たまに日光にあててあげないと、はねのツヤがなくなってパサパサになっちゃうって書いてあった。


 ジュニアも女の子だし、身だしなみはちゃんとしていたいだろうなって、私は思った。

 それに、こんなに晴れて気持ちがいいのに、日の光をびられないなんて、少しかわいそうかも、なんて思った。


 でもさ、いま考えると、ジュニアを閉じこめていたのは私なわけで、そんなことを思うのはいけないことなんじゃないかって、思うことがある。だけど、思わないでいるのも違う気がして、なんだか、考えれば考えるほどわからなくなってくる。


 それはさておき。


 その雑誌ざっしにはこんなことも書いてあった。

 夏などの日射ひざしが強いときには、コトリたちが熱中症になることがある。最悪さいあくの場合、命にかかわることもある。だから、トリカゴのなかに日陰ひかげができるようにして、逃げ道をつくってあげましょう、って。


 それで私は、どうしようかと考えた。最初は、トリカゴの半分を画用紙がようしおおおうかと思ったけど、それだとかえって熱がこもっちゃいそうだし、ジュニアが怖がっちゃうかもしれないから、やめた。

 しばらく頭をひねっていると、よしっこれならいけそう、ってやつを思いついた。私はすぐに自分の部屋を飛びだして、ママを探した。

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