第34話:炎の巫女

「さて、そろそろ聞かせてもらおうか」


 馬車に揺られ、王都が遠ざかっていく。

 遠くに見える王城をなんとなく眺めていたヴァネッサに、マルカブが聞いた。


「貴殿、なぜ兄上……国王陛下と知り合いなんだ?」


 うぐぐ……と思わず歯ぎしりをして。

 やれやれと首をすくめるエルクと、ぽりぽりと豆菓子を齧るアウローラの前で。

 彼女は大きくため息をつくと、大人しく白状した。


「わたくしは、元王国貴族のヴァネッサ・ソルスキア公爵でしたの」


「はぁ?」


 あっけに取られたマルカブ。

 少しの間凍りついたように止まって、自らの記憶を探して。

 そういえば王国屈指の大貴族の家名だったなと思い出した。


「取り潰されたのか!?」


「ま、まぁそういう事ですわ……借金が返せなくて……」


 彼女はしずしずと身の上話を続ける。

 父が遺した借金のためにあらゆるものを売り払って、最後に賭けで全額返済しようとしたこと。

 いつのまにか国外に領地が売られていた事で大問題になって、死んだことにされたと。

 正直に話していく間に、王子は悲しそうに形の良い眉をひそめた。


「んまぁ、なんだ? 再出発、頑張るんだぞ」


「ありがとうございますのぉぉぉぉぉぉ……」


 異国の王子に同情されて、思わず泣き出したヴァネッサ。

 ただ、マルカブの記憶の中にあったものは。


「ソルスキア公、ウチにも結構な借金があった思うんだが……どうするかなぁ……」


「えっ!?」


 彼女にとっては完全にヤブヘビだった。

 

「ま、まぁヴァネッサ殿。兄上が追求しなかったし、気にしなくてもいいんだぞ! ほら、働いてくれるなら、私も黙ってるから! なぁエルク殿! 貴殿がちゃんと見ていてくれるのだろう?」


「勿論です、王子。返せる分は返させますので……」


「頑張りますの……」


 何れにせよ、借金からは抜け出せないのか。

 そんな風に落ち込んでいたヴァネッサの肩を、エルクがそっと抱いて励ます。

 完全に困ってしまったマルカブも黙り込み、馬車の中は、不機嫌そうに豆菓子を無限に食べ続けるアウローラのぽりぽり音が響いていた。


――翌日


 ひときわ大きな火山の麓に作られた、炎の神殿と呼ばれる荘厳な遺跡。

 エリトリア軍でもトップクラスのエリートや、代々炎龍の監視に携わる貴族だけが暮らす隠れ里にたどり着いた。


「さて、馬車はここまでだ。ヴァネッサ殿、頑張ろうな!」


「えぇ。さあ行きますよ。ヴァネッサ、エルクさん」


「な、なんか怖いなこの人……」


 王子が颯爽と降りて先導する。

 近づくに連れてどんどんイライラを顔に出したアウローラが続くと、後から降りたヴァネッサは、腰をさすって涙を流した。


「こ、腰が……」


「ヴァネッサ?」「だいじょうぶ?」「魔法かける?」


 三銃士が勝手に治癒魔法と浮遊魔法をかけて、少し軽くなった身体を引きずって。

 彼女の手を取るエルクが言った。


「ツノマリちゃんで痛めましたしねぇ。おんぶします?」


 こくこくと頷く彼女の前にしゃがむと、よいしょっと背負って、彼は歩く。

 そして里を抜けて少し行ったところ、遺跡の入り口に若い女性が立っていた。

 彼女は四人をしげしげと見て、おもむろに指をさす。

 真っ白な手の甲に刻まれた色鮮やかな蝶の入れ墨が輝いて、彼女は何度か頷いた。


「マルカブ王子は、里でお待ちを。三人は中へどうぞ」


「んなっ! 巫女殿! どうして王族の私が入れないのだ!?」


「……この火山は我がフレイヤ家が国王陛下から授かり治める場所。故に従って頂きます」


 兄から言われて案内したのに。と憤慨する彼を、巫女は凍りついた顔で跳ね除ける。

 有無を言わさない態度に、彼も諦めたように肩を落とした。


「ぐぬぬ。仕方ないか、すまない」


「なんだか申し訳ないのはこっちですのよ?」


 なんだかなぁとエルクの背中で首を傾げるヴァネッサの横で、アウローラがづかづかと歩いて行く。

 そして他の皆には聞こえない声で巫女と言葉を交わして、そのまま中に入っていった。


「ちょちょちょ、アウローラ!?」


「貴方達もどうぞ」


 そのまま二人も通されて、神殿の中に入ると。

 壁一面に謎の文字が書かれた石造りのドームのような空間に通された。


「すっげぇですの。ここは……」


「かつてこの地に居た、オーガとエルフが作った遺跡ですよ」


 ヴァネッサが素直な感想を漏らして、巫女が答える。

 彼女は三人にお茶を渡すと、話を始めた。


「まず自己紹介をさせて頂きます。わたしはミラ。炎の巫女と呼ばれております」


 ミラは静かに頭を下げて、ヴァネッサとエルクはそれに習う。

 アウローラだけは黙って壁の文字を見つめていた。


「虹龍様、お茶がお気に召しませんでしたか?」


「この神殿、既に力を失っているのですね」


 虹龍様。と呼ばれているのを聞いて、二人の目が点になる。

 なんで正体が分かったんですの? と口を挟んだヴァネッサを無視して、巫女と龍は言葉を交わした。


「随分昔に。二十年前に古炎龍が起きたのは、このせいでしょう」


「フォティアとは私が話をつけましょう。面倒ですが、誰が一番上かを分からせてやらなければ」


「お願い致します、虹龍様」


 なんだかついていけなくなってきたぞ? とエルクも困っていると。

 アウローラが二人の方を向いた。


「ちょっと行ってきますので。お二人は少し、この方と話していてください」


 そしてそのまま神殿の奥へ歩いていって。


「え、えぇと……ですの?」


「何が何だか、さっぱりわからないのですが」


「ついてこられないのは当たり前です。あなた方にはこれからお話しますから」


 取り残された二人はミラと向き合った。

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