第33話:エリトリア王アルゲニブ

 常夏のエリトリア大陸の中央に聳える火山を背にして立つ、雄大な白亜の城。

 城下町は活気に溢れ、世界中から観光客が押し寄せている。

 さらに最近は古代遺跡の中から発掘される貴重な遺産や、古代の鉱山跡の再発掘やらでどんどん賑わいを増していた。

 そんな喧騒をかき分けて、ヴァネッサとマルカブは城へ向かった。


「失礼のないようにな。兄上は気難しい方だから」


「……気難しい? 超絶美男子の割に女にだらしなく、巨乳に目がないアホでしょうに」


 王城ではもう身分を隠すこともないマルカブが、心配そうな顔をして。

 王国に来た時に財産を色々と買い取ってもらったが、こっちは婚約者いるってのに何度も口説いてきやがって、と過去を思い出したヴァネッサは吐き捨てた。


「えっ、兄上を知っているのか?」


「……いいえ」


「おい、ヴァネッサ殿!? なにか隠してないか!?」


 そんな反応に、彼は目を点にして。

 ただ彼女は破産した大貴族だと恥ずかしい過去を明かしたくなく、その追求を煙に巻いた。


――


 玉座の間に通され、真っ赤な絨毯の上を歩いて行く。

 小高く作られた玉座に、行儀悪く足を組む一人の若い男。

 神が手ずから彫った美男子と名高く、特に女性を中心に支持の厚い国王。

 王座についてからは積極的に観光や古代遺産の発掘に力を入れ、賢王と称される名君。


「ようこそエリトリア王宮へ。朕がアルゲニブである。話はマルカブから聞いていると思うが……」


 彼が恭(うやうや)しく話し出すと、人となりを知っているヴァネッサは呆れた声で返事をした。


「今更堅苦しい挨拶要りますの? アルゲニブ、久しぶりですわね」


 マルカブには敬意を払ってもいい。

 だがこいつは別とばかりに、彼女は心底嫌そうな顔で名前を呼んだ。


「おぅ!? ヴァネッサちゃん!! 今日もかわいいね!! ウチ来てたんだ。どこ住み? 極楽鳥文通しない? てか今夜空いてる?」


 するとその声を聞いて、国王の目が大きく見開かれて。

 一気に鼻の下を伸ばして、玉座から立ち上がると走り出す。


「残念ながら、もう心に決めた人が居ますので」


「マジ? 困ったなぁ。ウチの国民なら国家反逆罪にしちゃおうかな」


 そして手を握りながら、必死に顔を背けるヴァネッサにでへでへと話しかけていると。


「兄上。真面目にやってください」


「……分かったよ。分かった分かった。でも俺が君を好きなのは本当だよ? 超好みだし」


 弟であるマルカブに釘を差されても、ますます強く手を握って。

 ヴァネッサを抱き寄せようと腰に手を回すと、弟の声が鋭くなった。


「兄貴。真面目にやれ」


 背中に剣を突きつけられてやっと、アルゲニブは彼女から手を離す。


「失礼、ヴァネッサちゃん。これ以上ふざけると殺されそうなので真面目にやろう」


「最初からやって下さる?」


 そして小走りで玉座に座り直すと、彼は額に手を当てて。

 やれやれとため息をついて、本題に入った。


「好みの女子に声をかけないというのは、朕の人生哲学に反するのでな。マルカブから話は聞いているだろう。古炎龍について、アレを使役テイム出来ないかと言う話だ」


「報酬の金貨10000枚、ほんとに払うんでしょうね?」


「勿論、成功したらな。ってか朕の妻になるなら今払ってもいい」


「分かりましたわ。早速、古炎龍とやらの封印を見たいのですが」


 それについて、ヴァネッサはもう覚悟を決めていた。

 報酬が欲しい。ライラへのツケを全部払って、エルクと結婚できると頭によぎる。


「うむ。マルカブ、案内してやれ。朕の寝室も教えておけよ」


「えぇ、分かりました国王陛下。ヴァネッサ殿、火山へ向かう旅の支度を。馬車を用意してくるから、城の前で待っていてくれ」


「わかりましたわ!」


「それと、貴殿の素性については旅の途中で聞かせてもらおう」


「あはは……」


 マルカブも彼女に習って、兄の軽口を完全にスルーすると。

 苦笑いするヴァネッサに人差し指を突きつけ、くるっと背を向けた。


「あのさ、俺国王なんだけど……」


 寂しそうに口を尖らせるアルゲニブ国王が呟くのを背に。

 二人はエリトリアを救いに行こうと。玉座の間を出ていった。


――


「ヴァネッサ!! なんで勝手について行ったんですか!?」


「大急ぎで追いかけてきましたが、本当に心配したんですよ?」


「申し訳ないですの……お金に釣られまして……」


 城門の外で待っていたエルクとアウローラに抱きつかれて、彼女は困ったように笑う。

 数日遅れて出たはずなのに、こんなに早く着くなんて。

 多分アウローラのよくわからない魔法で船を動かしてきたなと感づいた。

 

「全くもう! 一応話は聞きましたけど。そんな安請け合いしてどうするんですか」


「まぁこの笛ありますし、なんとでもなるかと。ぐへへ、さっさと報酬もらって帰りますわよ!」


 そしてぷんぷんと怒るエルクに、支配の笛ドミナ―トルを振りながらへらへらと返答すると。

 アウローラが珍しく真面目な声で口を挟んだ。


「なりませんよ。私はヴァネッサを止めに来たのですが……フォティアは途方もなく強い龍です」


「……え?」


 古炎龍オイドマ・フォティアの事は、同じ龍種として良く知っていると。

 そう語って、少し苛ついたように頬を掻いた。


「まぁもう来てしまいましたし、私も手伝いましょう。人間が到底太刀打ちできる相手ではないでしょうし。それに、この大陸はもう私の縄張りです。今更起きて人間を食おうなどと気に食わないですし」


 彼女の髪が不規則に輝いて、本当に不機嫌なことを示す。

 溢れる魔力の不穏な輝きに、二人の背筋が凍った。


「……すみません。少し気が立っていました。また、その時が来たらお話しましょう」


 そんな二人の反応を見て、怖がらせて申し訳ないと頭を下げ。


「おーい! こっちは準備できたぞ三人とも!」


 マルカブに呼ばれ、三人はてくてくと馬車に向かった。

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