閑話 魔瓦迷子という女

閑話 魔瓦迷子という女


サイド 魔瓦迷子



 私はこれでも、世間一般と比べて少々狂っている自覚はある。


 親に虐待されました~。小学校で虐められていました~。酷いトラウマになるような事が~。


 そういったエピソードはこれと言って覚えはない。両親は普通に私を愛してくれていたし、学校ではクラスの中心にいた。トラウマになるような事も、した事はあってもされた事はないなぁ。


 強いて言うなら、生まれつきだ。アリの巣穴に水を流し込んだり、入口を片っ端から石で塞いだり。そういうのは結構な割合の人間がやると思うんだ、幼少期に。私はそれが少し続いちゃったみたいな?いつまでも子供の心を持っている。うん、いい事だ。


 ただ、そういうのが世間からは排斥される対象なのは理解しているんだよ。ただなぁ、私はあんまり我慢強い方ではない。『芸術』を作る時はともかく、それ以外だと待つのが苦手なんだ。


 だから、顔をもう一つ増やす事にした。


 人畜無害。少し即物的だし抜けているが、憎めないお人よし。普段がめついくせに、本当に困っている人がいたらつい手を貸してしまう。そんな顔。


 そういう人間が好かれるんだろう?嫌われるよりは好かれた方が効率がいい。というわけで、図書館やネットで調べた精神学?とやらで作ってみた。


 我ながら意外と上手く作れたものだ。おかげで私は周囲に疑われることなく作品に集中できたわけだし。


 とりあえず最初は両親に素材となってもらった。ほら、やっぱり初めてはよく知っている相手がいいというか……わかってほしいなこの乙女心。


 いざ作品を、となれば私は我慢強い。丹念に丹念に。時間をかけてゆっくりと。おかげで色んなノウハウを学ぶことが出来た。本当に、私の全ては両親からの愛から出来ているのだと実感したよ。


 それから『狂気に飲まれた両親に育てられた可哀想な子供』として過ごしたわけだ。


 楽しかったなぁ。修学旅行も運動会も。文化祭は、少し失敗しちゃったけど。大学に上がって、色んなサークルをまわったっけ。結局合う所はなかったけど、それもいい経験かな?


 社会に出て、そこからも色々な芸術を手掛けたわけだ。両親を除いても、高校から合計百七かな?あと一つで百八だったから、少し惜しい。


 ただまあ、日本の警察と言うのはドラマほど無能ではなかったようで。私が四十の頃に捕まってしまった。


 そこでも表の人格は役立ってくれた。身に覚えのない罪に動揺し、泣きながら無実を訴える姿は裁判員を混乱させられた。やたら陰険な検事に見破られてしまったが、そこは『多重人格なんです。狂った親のせいなんです』と、私が出てきて話し出せば責任能力の有無で死刑を免れる事ができた。


 まあ、それでもずっと精神病棟に押し込められるのかぁ。と辟易としていた所に、転生だ。


 いやぁ、私も大概だと思っていたが、上には上がいるものだ。それも私なんか聖女に思えるぐらいのどぎつい奴が。


『やぁ。少し変わった精神構造だね、君』


 前世と今生合わせても、恐怖で口が動かなかったのは初めてだったよ。それでも一目であれはヤバいとわかったね。なまじ理解しかけた分余計に。私が少し狂っていなかったら、間違いなく発狂していたよ。


 そんな神様から与えられたコンティニュー。表の人格の記憶を一部リセットして、強くてニューゲームだ。


 今生の両親も血はつながっていないが、いい人たちだった。だからとびきり愛を込めて作ったよ。我ながら会心の出来だったね。


 それから、表とは別に私も絵を描いてね。転生した時に垣間見た神様を全力でキャンバスにぶつけたよ。これでも絵心はあったらしく、芸術を理解できる友人達を作る事が出来た。


 彼らと共に適当な宗教団体をたちあげて、それを隠れ蓑に芸術活動に励んだものだ。ただ、どうにも普通の警察とは毛色の違う奴らに北海道まで追いやられてしまったわけだが。


 そんなわけで楽しく皆で芸術サークルをやっていたわけだが、なんとあの邪神から神託があったのだ。


『最後まで勝ち残ったのなら何でも願いを叶えてあげる』


 そんなニンジンをぶら下げられて、私達転生者達は強制デスゲームに参加させられたわけだ。


 ああ、確かに魅力的なご褒美なわけだが……残念ながら私は優勝できそうにない。


 アバドン、金原、人斬り。随分とぶっとんだ者達ばかりが参戦したものだ。私のささやかで慎ましい固有異能とは大違い。


 幸運なのは、私のサークル仲間で機械に詳しい奴がいたので、そいつが人斬りにつなぎを作ってくれたことだ。


 おかげで序盤に人斬りと同盟を組むことが出来た。ただし、最後には私も殺しに来るらしいけど。


 せめて最後にできるだけ楽しもう。そう思っていたのだが……。


『このバトルロイヤルは邪神を召喚する為のもの』


 アバドンを倒した新たな怪物からもたらされた情報に、私は歓喜した。


 もしも私が勝ち残った場合は、『世界中の人間が殺し合う世界』を願うつもりだった。だって人同士の殺し合いって楽しいじゃん?


 だが、邪神を召喚できればそれも叶う可能性が高い。だってあんな神様が地上に現れて、人間の社会なんて保てるはずがない。


「ふふ……」


 そんな福音を教えてくれた怪物の一部を食べて得た、胸の宝石に指を這わせる。


 表人格の戦装束を魔法少女と例えるなら、私の恰好は闇堕ちバージョンかな?黒と紫で彩られた、フリル付きのレオタード。この小学生みたいな体つきでこうもピッタリとしていなが露出の高い服を着ていると、なんだか犯罪みたいだ。


 怪物、剣崎蒼太からもたらされた情報に思わず表人格を押しのけて出てしまいそうになって焦った。まったく、人斬りも『どうでもいい情報』と教えてくれなかったとは。酷い奴だ、まったく。


 つまり、私は生き残らなくってよくなったわけだ。


 狂気に満ちた世界を見られないのが残念だが、もとより人斬りや剣崎に勝てるとは思っていない。であれば、せめて芸術と言うのを世界中に知ってもらうとしよう。神様がそのまま芸術になるなんて、それはそれでロマンチックかも?


 剣崎がわざわざ『右手の指輪を回収したい』だなどと嘘をついた時は、不思議ではあった。奴自身が己の血は賢者の石みたいな物だと言っていたが、それを誤魔化すためだろうか。


 ほんの少し胸にしこりが残る誘導だったが、そんな物は彼の手足を前にしたら吹き飛んだ。


 芸術の一環でやらせたことはあったが、自分がやる事になるとは。あそこまで人の血肉から甘美で香ばしい匂いを感じた事がなかったよ。あれはもう匂いの暴力だ。抗う事などできはしない。


 取り込んだ剣崎の血は正に賢者の石。魔術で肉体になじませると、たったそれだけで肉体に今までにないほどの力が漲り、実質手探り操作だった迷宮の様子が、俯瞰する様にわかってしまう。


 流石は万能の石。ああ、きっと彼こそが私に幸福を運んでくれる獣だったのだ。


 後は剣崎を足止め、そうでなくとも邪神への全力攻撃が出来ないだけ消耗させられればいい。


 さあ、君のおかげで強くなった私を、君はどれぐらいで殺せるかな?


 ああ、けど強いて言うなら――。


「『私』を殺した時、彼はどういう顔をするのかな?」


 いつだって、凡人が善人を殺す瞬間は可憐なものだ。


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