第26話 三人だけの戦争
第二十六話 三人だけの戦争
サイド 剣崎 蒼太
蒼の炎が魔瓦の人形どもを蹂躙し、一瞬で炭へと変えていく。鎧はドロドロに融け、銃火器は炸裂し爆音を上げて周囲に煙と鉄片をばら撒いていく。
まばらにこちらを狙ってくる弾丸では、起動させた障壁に阻まれて届かない。そもそも弾丸で自分を止めようと思ったら数を揃えて弾を集中させる必要がある。
だが、『壁の向こう』で数十体の人形がまとまって動いているのを感知するや否や、肩から壁を突き破って隣の通路に飛び込んで炎の波をぶつけ、散らばった炭と鉄くずを踏み越えて進んでいく。
『……ちょっとさぁ、速過ぎない?剣崎ぃ』
時折聞こえる魔瓦の苛立った声を無視して、ただ進む。
魔瓦の気配を七つの方向から同時に感じる。恐らく全てダミー。この固有異能の弱点である『発動者の気配がする方向を内部にいる人間に知らせる』という部分を、どうにかして誤魔化しているのだろう。
本物の魔瓦はこの七つとは別の場所にいる。本来ならわかるはずのない事だが、『今ならこの目で直接見ている様にわかる』。
左から二番目に感じる気配。その更に奥。そこに本物の魔瓦がいる。
壁を砕き、通れる通路を選んで最短コースを。途中邪魔する人形を蹴散らし、迫る天井や壁を薙ぎ払い、時には炎を推進力にして突き進む。
『いい加減、止まりなよ。ゆっくりしよぉ?』
周囲から人形が退いていき、代わりに天井や壁がこちらを圧殺せんと迫ってくる。四方八方逃げ場なし。潰れて死ねとばかりに押し寄せる。
『動けなくなったら、私の胸で眠っていいからさぁ』
走りながら左手の平を前に出し、右手は剣を肩に担ぐように構える。
魔力を『両腕』に流し込み、切っ先から炎を噴射。全力で床を踏み砕きながら、津波の様な迷宮の行進に突貫する。
体を横回転するようにし、炎の突撃槍となって遮る全てを焼き貫く。
そのまま飛び込んだ先には人形たちが銃を構えて待っている通路だったが、構わず突き進み斬り捨て、殴り、踏み壊す。決して愉快とは言えない感触を手足に感じながらも、ひたすらに前へ。
『……強度は上がってるはずなんだけどなぁ。ねえ、どんな手品使ってるの?教えてよ』
確かに迷宮の性能は、以前見た時よりも段違いに向上している。
壁一枚、天井一つの硬度は砲弾の一撃さえも防ぎかねないほど頑強に。それらを動かす速度は放たれた矢よりも速く。それでいてまるで迷宮内の細かな配置まで把握していなければ出来ないような動かし方。
自分が見ていた時は三味線を弾いていたでもなければ、圧倒的なまでに強力になった迷宮。そこを走りまわる人形どもも転生者ほどではなくとも、人を越えた身体能力を持っている。あげく、銃火器まで持っている始末だ。
だが、『だからこそ』自分はそれらを踏み越えられる。蹂躙し、一方的な破壊を繰り返す。
逃げるように移動する魔瓦の気配を追って、ほとんど一直線に迷宮を打ち砕きながら進んでいく。
『人斬りぃ。あんたももうちょっとしっかりしてよ。それでも国際指名手配されてる殺し屋?』
その声とほぼ同時に、死角から放たれた斬撃を回転する様に避けて、振り向きざまに炎を浴びせる。燃え尽きていく人斬りの一人を捨て置き、また壁を砕き始めた。
今なら、人斬り達の居場所が手に取る様にわかる。いかに人斬りが姿を隠す異能を持っていようと、『固有異能二つ分』の力をもってすれば捕捉できないはずがない。
種を明かせば単純な話。『自分の血がどれだけ危険かぐらいは把握しているし、備えもしている』。
魔力の塊であり、自分程度でもそれさえ使えば最高位の魔法にさえ介入できる劇物。それが自分の全身に流れている。これこそが自分の固有異能。
だからこそ、その管理は常に気を使っている。
金原との戦闘後、魔瓦には自分の血を印象付けた。罠にかかれば儲けもの。そうでなくとも彼女の手に渡らなければなければそれでよし。
蓋を開けてみれば、彼女から自分の血の反応を感じるようになった。罠にかかったのだ。
間違いなく、魔瓦は自分の血肉を取り込んでいる。その上で、『見つからなかった。戦闘の余波で消し飛んだのかもしれない』と申し訳なさそうに言ってきたのだ。
その言葉に、嘘は感じられなかった。
正直混乱した。第六感覚も、これまでの経験で培ってきた観察眼も、どちらも彼女が嘘をついておらず、本気で指輪を見つけられなくて悲しんでいる風だったから。
できるなら、彼女が正しくって、自分の感覚が的外れだったと思いたかった。だが、邪神のヒントが頭に残り続けていた。
『人を疑え』
あの邪神は、外道であっても嘘はつかない。だからあの言葉にも、意味はあったはずだ。
だから考えた。『彼女は本当の事を言っている』と信じた上で真実を。
真世界教の教祖として流れる、怪しい噂の数々。自分が直接話して感じた、少し抜けているお人好しな印象。本当に申し訳なさそうに『見つからなかった』という彼女と、彼女の中から感じられる自分の血。
まるで魔瓦迷子が二人いるような錯覚。それをそのまま、『彼女が多重人格者である』と結論を出した。
少々発想が突飛だとは思う。だが、時間もない中いくつも予想をたててはいられない。
そう考えれば、なぜあの時人斬りが自分達の見える範囲にいたのか予想もたつ。
魔瓦と人斬りがグルだったとしたら?だからこそ、魔瓦の作る門の位置と、そこに向かう自分達の事を知っていたとしたら?そこを襲撃する為に待機し、失敗に終わったのだとしたら?
あの場にいたのが人斬りの独断だったのか、魔瓦との計画通りかまでは知らない。だが、この迷宮で同時に戦えるのなら是非もない。外でやるより遥かにやりやすい。
人斬りによる初太刀。これは自分の気が逸れた瞬間に放たれると山をはった。それこそ、魔瓦との会話中に放たれるのだと。彼女の会話中にこそ、最も警戒を強めればいい。
それを越えて、迷宮の中。自分の血をもって強化した迷宮を、きっと彼女は今までにないほど把握できているのだろう。
だって、血を通して自分も同じように把握しているのだから。
迷宮の支配権は当然彼女にある。だが、ほんの一握り。手足それぞれ一本分の支配権は自分にある。
一瞬なら、手を向けた範囲の強度を下げる事は容易い。魔術の基本『見立て』。自分の腕が材料に使われているなら、それを通して操作できる。その為の魔道具を突貫で作った。案の定使い捨てだし、不安定ではあるが今多少使えればそれでいい。
迷宮内にいる奴らの配置を把握できる。この空間こそが、双方にとっての檻なのだ。
魔瓦に伝えた新城さんの現在位置は当然ブラフ。彼女の妨害に今から向かうのは難しいはず。更に言えば、外に繋がる門の展開もある程度なら妨害できる。
後はこの檻の中から、どちらがどれだけの余裕をもって生還するか。そのガチンコ勝負。
人斬りの身体能力は、常人に比べれば隔絶したものがあろうと転生者基準で見れば異様に低い。金原どころか鎌足の数分の一程度。
分裂か分身か。その能力を使えば自分の能力値も分かれてしまうのだろう。
質ではこちらが。数では向こうが。地の利は相手にやや有利ながら、罠ははれた。出来る事はした。
後は、正面からの力比べ。
「凄いね、君は」
久々に聞いた気がする、魔瓦の肉声。
大きく開けたドーム状の空間。そこに、数十人の人斬りと百近い人形ども。
そして、四人の魔瓦。
「理由はわからないけど、こっちの配置がわかるみたいだね。だから――」
中央の魔瓦が、ゆっくりと左手を上げる。それに合わせて、こちらも刀身に一際力を込めて炎を纏わせる。
「ここで、すり潰す」
「上等っ!」
銃弾が、砲弾が、斬撃が、炎が、魔弾が。
一人対二人の『戦争』が始まる。
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