閑話 人斬りと呼ばれる前の話し
閑話 人斬りと呼ばれる前の話し
サイド ■■ ■■
なんか転生した。
いや、本当に『なんか』としか言いようがない。
高校から付き合っている彼氏とデートして、家の玄関を開けたと思ったら目の前にシスター服の神様がいたのだ。
『はい残念。君は選ばれてしまったのさ』
転生だのなんだのがある程度説明された後、私は泣いたし怒った。ふざけるなって叫びたかった。
けど、結局何も言えなかった。怖かったのだ、目の前にいる自分と同年代か少し下ぐらいに見える少女が。いいや、少女の顔をした何かが。
ボロボロと泣きながら、操られるようにサイコロを振らされた。能力の詳細は転生した後頭に流れ込んできたが、それでも状況はほとんどわからなかった。
電気がようやく通り始めた田舎。そこに私は赤ん坊として道にぽつねんと置かれていた。
ただでさえ彼氏とも、家族とも会えなくなったというのにこの状況だ。また泣いたし、喚き散らした。
そんな私を拾ってくれたのが、今生の両親だ。
とてもいい人たちだった。自分達だって決して裕福ではなかっただろうに、私みたいな捨て子を拾って、本物の家族みたいに育ててくれた。
最初の頃は、まあ鬱と言うか、なんというか。ひたすら無口無表情の人形みたいな子供だったと思う。
前の家族の事が忘れられなくって、今の両親を『お父さん』『お母さん』と素面で言えるようになったのは、たしか十五の頃だったか。
前世の事を忘れたわけではない。だが、だからと言って今の家族や友達にあたるのは間違っている。あの神様、いいやもう邪神とでも呼んでやろう。奴の思惑は知らないが、第二の人生エンジョイしてやる。
まあ、私のいた前世よりも何十年も前の時代みたいだから、価値観とか難しいけど。特に男尊女卑。私の頃でも会社の偉い人や政治家って男の人ばっかだったけど、それでもだいぶ変わったんだなって実感したわ。
そういう価値観のズレもあるけど、未だに今生だと彼氏がいないのだ。ぶっちゃけ、田舎というのもあって男っ気ゼロだと周囲の目が少し痛い。
だが、両親はそんな私を特に焦らせる事はなかった。
『■■を嫁にやるんだったら、俺より強い男じゃないとな!』
『はいはい。■■もちゃんと相手は選びなさいよ?焦って変なのを捕まえないようにね』
『そりゃねーよかーちゃん!?』
『別にあんたと結婚した事を後悔なんてしてないわよ。愛してなかったらこんな馬鹿と一緒にいるわけないじゃない』
『俺も愛してるぜかーちゃん!……え、今馬鹿って言った?』
『いい意味でよ』
『ならよかった!』
豪快で村でもよく頼りにされる父と、そんな父を苦笑いしながら支える母。なんというか、古き良き夫婦とでも呼べばいいのか。
時々、前世で生きていたら彼とこんな夫婦になれていたんじゃないかって、思う時がある。
……過ぎた事だ。交通事故にあったのと同じ。あの邪神に殺されて、転生した自分が彼とまた出会う事はない。だから、あまり引きずるべきではないはずだ。
考えすぎた時は、よく木刀を振るっていた。
父の家は昔、武士の家だったらしい。と言っても、教科書にはまず載らない無名も無名。木っ端だったらしいけど。お爺ちゃんの代でだいぶ廃れたらしいが、子供には剣を教えるのが伝統だとか。
最初母は『女の子に……』と反対していたが、私の方から頼んだのだ。というのも、この時代が少し物騒だったので。
隣の村はある日突然だれ一人残らず消えてしまったらしいし、山一つ向こうの村は人食い熊に襲われたらしい。
せっかく今生の体はやたら力強いのだ。前世水泳部で体を動かすのも好きだったし、娯楽がないのもあって父にせがんで剣を教えてもらっていた。
『はっはっは!すげぇな■■!こりゃあ宮本武蔵の生まれ変わりにちげぇねぇ!』
『武蔵は男でしょうが。まったく二人そろって泥だらけに』
『ごめんなかーちゃん!じゃあ女武蔵だ!■■なら天下一の剣豪を目指せるぜ!』
べた褒めする父に、私はよく苦笑を浮べていたものだ。別に私は剣の天才じゃない。ただ身体能力が高いだけだ。
だが褒められるのは悪い気はしない。趣味と実益もかねてよく木刀を振るうようになった。
『■■!これをお前に渡しとく』
そう言って父に手渡されたのは、家宝にしていると聞いた小刀だった。なんでも、父のご先祖様が昔お殿様に貰った物らしい。いつも大事そうに手入れしていたのを覚えている。
『時の運ってやつかねぇ。うちにはお前しか子供がいねえ。貰っても困るかもしれねえが、受け継いじゃくれねえか?』
ああ、この人は本当に私を自分の子供だと思ってくれているんだ。そう思うと、自然と涙がこぼれていた。
泣き始めた私に大慌てする父と、それを見て母が呆れた風にため息をついて。きっとあの瞬間、私は今生と前世を完全に分ける事ができたのだ。
けれど、そうした平和な日常は、ある日唐突に終わりを迎えた。
それも、悲劇でも喜劇でもない。ありきたりでどうしようもない理由で。
父が病気になった。肺を悪くしたらしい。畑に出る事も難しくなり、どんどんやせ細っていった。
豪快な笑い声はもう聞こえない。ただ『すまねぇ』とだけ、弱々しい謝罪だけが家の中によく響くようになった。
私が、私が頑張らなきゃ。
なんのためのチートだ。ここまで、未だに過去を引きずる自分を家族として受け入れてくれた二人を助けるには、この力を使うしかない。
『一人劇団』
私に与えられた固有異能。効果は、自分自身を最大百人まで分裂させる能力。
正直、具体的にどういう能力なのかはわかっていない。というのも、無性に嫌な予感がして試せずにいたのだ。
頭に刻まれた固有異能の知識として、『人格の希釈』『記憶、視点の共有』と、なんとなく不穏な言葉が混ざっている気がするのだ。
だが、この力を上手く使えば生活をぐっと楽にできる。父の看病も、畑も、それ以外の仕事も。家計を助ける事が出来るはずだ。
『■■。最近思い詰めているみたいだけど、あんたはそんな心配しなくていいからね。お母さんに任せなさい』
父の看病をしながら畑に行く母が浮かべた、気丈な笑みが私の背中を押してくれた。
この力で私が両親を守るんだ。前世ではとんだ親不孝をしてしまったが、今度こそ、私は……。
固有異能を発動。同時にごっそりと『何か』が抜け落ちていく感覚を覚えながら、気が付けば目の前に私がいた。
黒い袴姿で刀を腰に挿した私が、私を見ている。
いいや、私が、私なのか?
違う、私が本当の私で、いいや私は別の私で、鏡写しの別人で、別個にいる私自身で、私が私を見ていて、私は私を見ていない。
私私私私私私私私私私私私私わたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシ……。
ワタシは、だぁれ?
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