第25話 クリスマス・イブ

第二十五話 クリスマス・イブ


サイド 剣崎蒼太



 迷宮から出ていく人斬りを見送り、小さくため息をつく。


 正直、奴を目の前にしていると、とてもじゃないが気が抜けなかった。魔力的にはそれほどでもないのだが、立ち姿から隙が無さ過ぎた。


 剣道を多少なりとも嗜んでいた者として、アレの異質さは一目見ればわかる。


 近所にある剣道の道場で教えてくれた先生。中学剣道部の顧問。参考のために見た動画の達人たち。この誰もが確実に自分よりも剣の技量があった。当たり前ではある。前世では武道なんて関わった事もないし、転生して剣道を学んだのはたったの五年だけ。


 そのうえで言う。人斬りの技量は人間二人分の寿命を費やしても絶対にたどり着ける領域ではない。それこそ、神様に愛されているような才能があれば別かもしれないが。


 たぶん、剣でまともに戦ったら勝てない。身体能力と炎によるゴリ押しで『剣士』としての戦いは絶対に避け、『戦士』として戦う必要がある。


「新城さん。周りに人斬りはいる……?」


「いえ、周囲には見えません。会話中も増えたようには見えませんので、大丈夫かと」


「そうか……」


 肩から自然と力が抜けたので、そのまま鎧を解除する。


「き、緊張した……けど、とりあえず今日は平和だねぇ」


 緊張が解けたからか、へにゃりと蕩けたみたいに脱力する魔瓦へと小さく頷いて返す。


 確かに、今日は転生者同士の殺し合いは無しとなった。契約書も書いたが、残念ながらそこまで信用は出来ないけど。


ただし、通常の契約書を結んだわけではない。


 基本的に魔法を用いた契約は強い強制力を持つ。だが、転生者ほど魔力があれば自分が作った程度の物では力技で無視できる。


 なので、呪詛が行く対象を『前回行われた暗殺の依頼主』にしておいた。


 人斬り本人ではなく前回の依頼主であれば、問題なく呪詛は作用する。彼女に対して、前の依頼主を人質にとった形だ。まあ、人斬りが『前の依頼主までは知らん』と言ったらそれまでだが。


 依頼主さんが可哀想だろ?人殺しの依頼した奴までは知らん。


「どうする?人斬りさんの情報を元に、魔法陣破壊計画を更に詰める?」


「そう、ですね……」


 魔瓦の言葉に、少し迷う。


 ここで彼女の言う通り、人斬りから貰った情報を元に計画の確度を上げるのも悪くはない。邪神の息がかかった場所だ。尋常な場所ではあるまい。対策は練れば練る程いいはず。


「いえ、それぞれ準備をしましょう。俺とこの子は召喚した邪神対策を。魔瓦さんはビルへの襲撃についてお願いします」


「え、私が襲撃するの!?」


「はい。俺は邪神の迎撃に専念します。新城さんはこちらのバックアップを」


「うー……わかった。神様を相手にするよりは、うん。大丈夫な、はず……」


「たぶん普通のビルではないので、お気をつけて」


「不安になる事言わないでぇ!?」


 頭を抱える魔瓦を放置し、ダンジョンを出て新城さんの家へと向かう。


「剣崎さん。何か考えが?」


「うん?」


 歩きながら小声で話しかけてくる新城さんに、こちらも小声で返す。


「考えと言うか、確信があってな」


「と、言いますと?」


「新城さんの家に戻ってから話す。そのまま、『準備』を手伝ってほしい」


 バトルロイヤル六日目。一切の転生者同士による戦闘はなく、都内に流れた緊急速報により住民の一斉避難が指示された。


 新城さんの家にも避難確認に来た警官がいたが、その人には催眠で『すぐに避難するから問題なし』と認識してもらった。


 邪神と関係のある者以外が残らない、無人の街。


 12月24日。アバドンによる東京の被害に悲しみと不安を覚えながらも、来たるクリスマスに沸く世間に取り残されたように静かな街で。


 邪神に選ばれてしまった者達の最後の殺し合いが始まる。



*          *          *



人っ子一人見えないシャッターだらけの街中にぽつりとたたずむ。


 この光景を見ても、誰もクリスマスイブの東京だなんて思わない。自分とて、邪神によるくそったれな神託がなければ想像もしなかった。


 鎧を身に纏い、狭くなった視界を含めた五感。いいいや六感でもって周囲を警戒し続ける。


 こうして鎧姿で剣を手に立ち尽くして、どれぐらい経っただろうか。一分かもしれないし、一時間かもしれない。


 こちらから人斬りを探せないなら、奴の方から仕掛けてもらう。暗殺者に対しては愚策とされながらも、やむなしと行われてきた『迎撃』。


 今まで人斬りの初太刀を防げたという話は聞いた事がない。大国の大臣も。裏の世界で名をはせていたという武装組織も。英雄とまで呼ばれた軍人も。誰も彼もが、気づいた時には首を斬られていた。


 その一撃を、これより自分は防がねばならない。


『剣崎くん。聞こえる?』


「ええ、問題なく」


 兜の下。耳に着けた無線機から聞こえてきた魔瓦の声に応える。


『こっちでも合図が出たらすぐに迷宮を出すよ。けど、本当にいいの?自分を囮に……』


「構いません。これしか方法も浮かびませんでしたしね」


 人斬りを無視して魔法陣の破壊を。というのは無理だ。それこそ他の物事に意識を裂かれている状態で、奴の斬撃を防ぐ自信はない。


「奴なら、ビルの守りではなくこちらを殺しに攻めてくると思います」


 人斬りの判明している能力なら、間違いなく攻撃に出るはず。埒外の隠密能力を持つ奴なら、そちらの方が効率的だ。


 だからこそ、こうして待っている。奴の方から殺しに来るのを。


『新城ちゃんは予定の場所にいるんだよね?』


「はい。『例の中央にあるビルの近くに隠れています』よ」


『そう……心配だね』


「そうですね。彼女は拳銃ぐらいしか武器を持っていませんから」


『なんで拳銃持ってるの?』


「女子中学生なので」


『最近の学生って凄い……』


 そんな馬鹿な話をしながらも、警戒は絶やしていない。


 今日が正念場だ。自分も実戦に使えそうな魔道具は全て投入した。


 両腰に提げられた二振りの短刀。腰の後ろに固定した大ぶりの鉈。左の籠手には上からかぶせる様に血の紅玉が埋め込まれた追加装甲を装着している。


 更に、周囲には探知用の魔道具を四つ配置。持ち込んだ物を新城さんの家にあった材料を貰い受けて改造した物だ。ある程度の性能は期待できる。


『とにかく、気を付けてね?人斬りさんは恐い人だから……』


「そうですね」


 ただし、人は常に気を張っている事はできない。精神がもたないのだ。そして、ことメンタルにおいては常人のそれである自分も同じ事。所詮邪神からチートを貰っただけの凡人だ。


 いつ来るかもわからない人斬り相手に、タイミングをある程度予想出来ていなければ対応するのは難しい。


 だから。


『あ、そうだ剣崎くん』


 だから、気づけた。殺しに来るなら『今だ』と。


 第六感覚と魔道具に反応。刀身に魔力を高速で流し込み、360度全方位に炎をまき散らす。


 鋼鉄さえ熔かす蒼の炎。それが溢れるように周囲を蹂躙し、コンクリの地面も店のシャッターも焦がし、熔かし、常人であれば絶死の空間を作り出す。


 転生者でさえ無事では済まない空間に、『三人』の炭化した死体ができあがる。


『魔力の反応があったよ!?大丈夫!?』


「ええ。ですが襲撃を受けました。扉をお願いします」


『わかった!』


 足元に出来上がった門を落下し、浮遊感を感じながら周囲を見回す。


 予定ならすぐにつくはずの床に足は触れず、光源が碌にない空間で薄っすら見える壁から金属音が響く。


 刀身に纏わせていた炎の出力を上昇。体を捻り、右手側の壁に飛んでいく。


 直後、薄暗かった空間がマズルフラッシュで照らされ、自分が先ほどまでいた場所に鉛玉が殺到する。弾丸どころかロケランでも含まれていたのか、爆風まで背中に感じた。


 当然壁の一つに高速で向かった自分にも弾丸が雨の様に飛来するが、鎧の耐久力に任せて突破。壁を蹴り砕いて向こう側の通路に出る。


『ざ~んね~ん!手足の一つぐらい取れると思ったのに。あれ美味しかったのになぁ』


 周囲の壁をふるわせて、魔瓦の声が響く。それは今までの気の抜けた声とは異なり、隠しきれない悪意がにじみ出ていた。


『けど、反応早かったね。もしかして気づいてた?』


 無言のまま進もうとすると、天井が落ちてきたので剣の一振りで打ち砕く。


 先ほど壁を蹴り破った時にも感じたが、明らかに迷宮の硬度が上がっている。壊せないほどではないが、以前ほど容易くはいかないだろう。


『ちょっと~、話の途中だよ?勝手に人の家を壊さないでほしいなぁ』


「……そうですか。では答えましょう」


 会話しながらも、通路の向こうからガシャガシャと音が響いている。剣の炎で照らされた通路で、動く影が見て取れた。


 時代錯誤な全身鎧を身に纏った『人形』たち。それらの手には自動小銃やショットガンが握られ、腐臭と共にやってくる。


「貴女に『もう一つの人格がある』と確信を持ったのは昨日です」


『へぇ……今まで気づけた人はほんの一握りなんだけどなぁ。ま、いいや。どうせ私は今日死ぬんだし』


 まるで昼食の予定でも語るような気軽さで、魔瓦が自分の死を告げる。


「やはり、邪神を召喚する気なんですね」


『そうだよ~。理由聞きたい?聞きたいよね』


「いいえ、まったく」


 これから生きていくうえで、狂人の思考など必要ないし知りたくもない。


「人斬りもいるのでしょう。最初以外出てこないんですか?」


『彼女は驚かし要員だからねぇ。タイミングを見て君にサプライズを届けてくれるよ』


 人形どもが整列し、一列目が膝をつき二列目が立った姿勢でこちらへと銃を構えてくる。


 銃弾一発一発は、自分にとって致命傷足りえない。だが、弾幕で動きを止められそこを人斬りが仕留めに来るのは脅威かもしれない。


『けど、君も気づくのが遅かったね~。私に時間を与えちゃったんだから』


 通路の幅は四メートルほど。一直線に続く先には魔瓦の人形どもがずらりと隙間なく並び、銃口を向けている。


 回避しようと上に逃げても、三列目以降が撃ち落としにくるのだろう。


『魔法使いに準備する時間を与えたら、どうなるかを教えなくっちゃね~』


「そうですね。時間を与えられた魔法使いは、恐ろしいものです」


 戦いとはどれだけ準備をしたかによると聞く。それは魔法使いの戦いにおいても例外ではない。それどころか、魔法使いこそどれだけ準備したかで勝敗がわかれると言っていい。


 だからこそ、銃口を前に静かに歩き出す。


「だから、教えてあげましょう」


『はぁ?』


「魔法使いに準備する時間を与えたら、どうなるかと言う事を」


 左手の籠手へと、静かに魔力を回し始めた。


「終わらせましょう。このふざけた戦いを」



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