第24話 人斬りの提案

第二十四話 人斬りの提案


サイド 剣崎蒼太



 魔瓦の迷宮内で、その一室を話し合いの場として集まった自分、新城さん、人斬り、魔瓦。


 大き目の会議用机を挟み、三人で人斬りを見つめる。奴の正面は自分が、奴から見て左手側に新城さんが座っている。


 一応奴の刀は受け取っているが、魔力で編んだ物だ。やろうと思えば再構築は容易い。


 だが、ここは魔瓦の迷宮。彼女の作ったこの空間なら他の分身体が侵入してくる事はない……と、いいなぁ。この状態から分身してきたとしても、まだ二対一なら対応できるとは思うが。


「なんでここに人斬りがいるのぉ……」


 涙目で横から魔瓦が呟く声が聞こえる。まるで学校でやらかしたので親を呼ばれた小学生みたいだ。


「いえ、話し合いOKだったので」


「なんで場所がここなのぉ……」


「一般人を巻き込むのはちょっと」


「私を巻き込ないでぇ……」


 HAHAHAHA、何をおっしゃる。転生している時点で巻き込まれているんだから今更だろうに。


 というか同盟相手に苦難を共有してもらうのは常識では?お前だけ楽できると思うなよ。


「話すのはもういいけど、なんでこの人無言なの……?」


「さぁ……」


 人斬りは椅子に座り、出された飲み物にも手を付けず無言無表情でじっと正面を、自分を見ている。


 待って、これなに考えてるの?何が言いたいの?わからない。この人の考えが一切わからない。なに?なんなの?こっちの首の切り方とか考えてるの?


 無言の時間が続く事三分。これほど三分という時間を長く感じた事はない。カップ麺だってもう少し早く感じられるわ。


「あの、剣崎さん」


 ボソボソと新城さんが小声で話しかけてくる。


「もしかして、こっちの話し待っているんじゃ?」


「マ?」


「はい、たぶん」


「えぇ……」


 新城さんの言う通りだとしたら、最初に言った『話したい事がある』の内容を待っているのかもしれない。


 ……いやマジかこいつ。


「えっと……単刀直入に伝えさせて頂きます。この転生者同士の戦いは邪神を召喚する為に仕組まれた事です」


「そうか」


「……邪神が召喚されれば、世界は滅びます。それを防ぎたい」


「そうか」


「最終日にランダムに死ぬと言うのも、防げる可能性があります。ならば我々が殺し合う必要はないはずです」


「そうか」


「……殺し合い、やめません?」


「断る」


「やっぱこの人やばい奴じゃん!?」


 隣で魔瓦がギャアギャアと叫んでいるのを無視し、ジッと人斬りの目を見る。


 不思議だ。驚くほど殺意を感じない。鎌足や金原とは空気が違い過ぎる。だが、暖かさと呼べるものがまるで感じられない。


 まるで木のうろでも覗いている気分だ。


「理由をお聞きしても?」


「依頼をされたからだ」


「それは転生させた邪神からですか?先ほども言った通り、奴が顕現すれば世界は滅びますよ」


「関係ない」


 人斬りの気配に揺らぎはない。本心から言っているのか……わからない。生徒会時代の経験と第六感覚で大抵の嘘は見抜ける自信があったのだが、これは無理だ。


「関係ないとは?」


「依頼人が邪神だろうと、依頼人の目的が果たされれば世界が滅ぼうと、私が依頼を取りやめる理由にはならない」


 ……そう言えば、あくまで噂でしかないが『人斬りは依頼人が死んでも依頼は遂行する』と聞いた事がある気がする。


 やはり、こいつにとっては『殺す事』自体が目的なのか?ただの狂人なのか?


「……世界が滅んだら、貴女はもう殺し屋を出来ませんよ?」


 もしやと思って呟いた一言が、初めて人斬りの眉を動かせた。


「邪神が現れた世界で、常人が過ごせるとは思えません。人は皆発狂した末死に絶えるか、奴の玩具として『加工』されるのが目に見えている。アレはそういう神ですよ」


 人斬りが無言になる。だがそれは先ほどまでの無言とは違う気がする。雰囲気としては、悩んでいる人特有のものな気がする。


 まあ、相変わらず何を考えているのかわかりづらいが。


「……困った」


「そうですか」


 ようやく人斬りが呟いた言葉は、たったそれだけ。だがもしかしたら奴の本心全てがそこに詰まっているのかもしれない。


 だとしたら、このまま詰められるか?


「ですから、今後の為に邪神の召喚を阻止すべきです。こちらの言う邪神の召喚が信じられないと言うのなら、我々が集めた資料を」


「それは必要ない。『私は既に知っている』」


「……どういう意味ですか?」


「この街は粗方調べた。地下に魔法陣がある事も、五つの企業がその中継点になっている事も、中央の屋上に顕現予定である事も」


 悪名高き人斬りを、過小評価していたかもしれない。どうやらこちらが調べた事は、いいやもしかしたらそれ以上を知っているかもしれない。


「……できれば、情報共有がしたいのですが?」


「できない。依頼人に不利益な情報の開示は信用に関わる」


「そうですか……」


 どうにかして邪神を『依頼人ではない』とさせられれば、協力関係にもっていける気がする。


 だがどうにもそれが出来る気がまるでしない。どうしろと。


 助けを求めてこちらで最年長の魔瓦に視線を向けるが、涙目で俯いたまま『殺されるぅ』『死にたくなぁい』としか呟いていない。ダメだこいつ。


「では、なんで話し合いに応じてくれたんですか?」


 そう問いかけたのは新城さんだ。


 確かに、ここまで突っぱねるならこちらの話など聞く必要はない。『邪神の召喚後殺し屋ができなくて困る』という悩みは先ほどの話しを聞いた後の事。聞く前の段階なら考えてもいなかったはずだ。


「………」


 だが、人斬りは無言のまま答えようとしない。


 答えに窮した?それとも別の理由?視線も呼吸も一定過ぎて、動揺すらもまともにかぎ取れない。


「……提案がある」


 随分と間があってからの言葉。おそらくその提案とやらが話し会いに応じた理由ではないだろう。


「提案とは?」


「最終日の段階で、この東京から住民全てを避難させたい」


「は?」


 いや、確かにそれが出来たら周囲を気にしなくて済むし、願ったり叶ったりだが……無理だろ。


 東京の人口は当然ながら全国一位。しかも現在は報道や消防。その他色々な人が東京湾の方に集まってきている。


 現在日本の、いいや『アバドンの死体』があると言う事で世界中の注目がこの地に集まっている。とてもじゃないが、人避けなんて出来るはずがない。


「……何か方法が?」


「脅迫する」


「……誰を?」


「『世界中の権力者』」


 マジかこいつ。


「今までの仕事の途中で、一般には出回らない情報はたくさん持っている。一日だけ東京を無人にする事は、出来なくはない」


「……それが本当だとして、貴女個人でそれが出来るなら、我々に何を提案したいので?」


「今日一日、戦わないでほしい。このタイミングで予定外の騒ぎを起こせば、住民の移動に支障がでる。だから、それまで戦闘は控えてほしい」


 さて、どうしたものか。


 勿論、それが可能ならこちらとしてはありがたい話だ。一度は邪神を召喚しなければならない以上、周囲への被害は考えなければならない。住民が皆避難してくれるのなら、そちらを気にしなくて済む。


 それに、今の口ぶりなら自衛隊や警察の妨害がなくなる可能性もある。


 東京都庁の職員達が発狂して亡くなってしまった影響で、碌に動けていなかった自衛隊や警察も、今は他県からの応援などにより機能を取り戻している。


 銃弾ぐらいなら問題ないが、ミサイルや大砲は流石にやばい。何発も直撃すれば間違いなく死ぬ。それに、敵ならともかくそれ以外の人を相手に戦いたくない。


「いいじゃん!もちろ」


「待ってください」


 喜び勇んで了承しようとする魔瓦の肩を掴んで抑える。隣で、新城さんがあくどい顔をしているのがわかった。


「それ、私達にどんなメリットがあるんですか?」


 新城さんが、ニッコリと笑みを浮べながらしかけた。


 タダで向こうの提案を通らせてやる理由などない。ここまでなんの被害もなくバトルロイヤルを過ごしていた人斬り相手だ。何かしらの要求がしたい。


 それで『じゃあ避難はなしで』と言いそうになったらこちらが引き下がるが、言うだけタダだ。こちらの停戦要請が突っぱねられた段階で、こいつの信用はいらない。


 というかマジで余裕がない。『一番都合のいい可能性』でも魔瓦と二人で最終日に万全のこいつと戦うとか嫌な予感しかしない。分身だか分裂だか知らないが、そこで時間をかけ過ぎて邪神が普通に召喚されたら目も当てられない。


「……何が望みだ」


「じゃあ貴女が神様とやらから貰った能力全てを教えてください」


「拒否する」


「では『魔法陣の中継点となる企業ビルの正確な見取り図』だけでも」


「依頼人の」


「これだけなら依頼人の不利益にはならないのでは?むしろ、あの辺を不要に破壊される事こそ、依頼人とやらの不利益になるんじゃないですかねぇ」


 だいぶ無理のある理屈だが、しかし人斬りは頷いた。


「承知した」


 やけにあっさりと頷く。やはりあれらの企業があの邪神の息がかかっているのは正解か。流石に中まで確認したわけではないので、魔力を陣の中で滞りなく回せる用の魔法陣があるのは予想の範囲でしかなかった。


 人斬りは間違いなく人格破綻者であるし、感情も読み取りづらい。だが、『嘘が極端に下手か、極力つかないようにしている』のはここまでのやり取りでわかった。ここにきて嘘の情報を流してくるとも思えないし、元々この提案は『なにもしないよりはマシ』程度のものでしかない。


 それに、真実にしろ嘘にしろあれらの会社が完全に敵という事がわかっただけでも、武力行使しても精神的に楽だ。


「ついでに戦闘時はそちらだけ武器を一切使わないとか!」


「拒否する」


「右手右足を拘束した状態で戦うとか!」


「拒否する」


「裸で土下座するとか!」


「承知した」


「待て待て待て!」


 なにやらとんでもない事になりそうになり、慌てて止めに入る。どうやらヒートアップした新城さんが適当言ったらしい。言った本人が『マジかこいつ』って顔をするな。そう言いたいのはこっちだよ。主にお前に対して。


 着物の襟を掴んで前を開く人斬り。サラシを巻いた胸があらわになる。あ、思ったよりでかい。凄く無理やり押し込んでいる感じがする。解放すれば推定Fか……。


 だが、胸よりも下の方。腰の方に小刀が隠されている事に気づいた。全身に魔力を回しながら、表面上は穏やかに口を開く。


「今のは冗談の類です。脱ぐ必要はありません。貴女の能力を教えてください」


「剣崎さん、目が血走ってますよ」


「黙れ」


 三大欲求はね?人にとって抗いがたいから三大なんだよ?生きていくうえで切っても切り離せない欲望なんだからね?


 いくら相手が超弩級の危険人物でも、美女で隠れ巨乳な事実は変わらないんだ……。


 というか殺し合いをする相手をそういう目で見たくない。方向性がなんであれ、殺し合う相手に情なんてない方がいいに決まっている。


「わかった」


 淡々と着物の前をとじ、襟を正す人斬りがゆっくりと袖に手を入れる。


「中継点五カ所のビルの内部構造を教えよう」


 着物の袖から出されたスマホと新城さんのパソコンをつなぎ、ビルの内部について教わるなか。


 外ではアバドンから危険な有毒ガスが流れ出ているという名目のもと、『人斬り達』の暗躍により住民の一斉避難が行われている事を後で知る事となった。


 ――さて、果たして人斬りが話し合いを持ち掛けてきた理由はなんなのやら。首は動かさず、表情を取り繕い、視線だけを魔瓦に向ける。


 真剣に人斬りの話を聞く魔瓦に不審な点はない。これまで通り、子供みたいに純粋な目をしている。


 そっと、鎧の腰に提げた短刀を撫でた。


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