閑話 鎌足尾城という男

閑話 鎌足尾城という男


サイド 鎌足尾城



 自分の前世は、しがないサラリーマンだった。中小企業の係長。歳下の部下と上司に挟まれて、下からは侮られ上からは見下されていた。


 妻と娘はいたが、二人ともまるで『私』を邪魔者扱いだ。共働きで妻に稼ぎが負けているのもあって、家に居場所はなかった。


 ある日、同僚から久しぶりに飲みに行かないかと誘いがあった。愚痴を吐き出せると思って了承すれば、聞かされたのは奴の栄転について。そんな自慢話を取り繕った笑みで聞きながした。


『やっぱさぁ、育ちのいい人って違うよなぁ。こう、見識が深いっていうかさぁ』


 どうやら、栄転の理由はお偉いさんと偶然知り合いになった事らしい。


 もしも、それが自分だったら。こいつではなく自分がそのお偉いさんに会っていたら。そんな妄想は、安酒と一緒に飲み込んだ。


 次の日、いつの間にか妻と娘は休みで映画を見に行ったらしい。誰もいない家を出て、大慌てで電車に。だが、それが不運だった。


 普段だったら、若い女性の近くには絶対立たない。だが、駆け込んだ時すぐ近くには女子高生が二人。


『この人痴漢です!』


 わけがわからなかった。突然つり革を持っていた手を引っ張られたと思ったら、そんな事を叫ばれたのだ。


 必死に否定したが、先ほどまでスマホに目を落としていた周囲は自分に軽蔑の視線と言葉を次々に刺してきた。


 あっという間に周囲の男達に腕を掴まれた自分は、駅のホームにおろされた。無遠慮に向けられるスマホのカメラ。その中には自分の腕を掴んだ女子高生もいた。


 こちらを馬鹿にするような笑みを浮べながらカメラを向ける二人。その姿に全てを察した。


 ああ、自分は嵌められたのだ。


 これからの事を考えると油汗が止まらなかった。会社にはどう説明すればいいんだ。そもそも警察は冤罪だと信じてくれるのか。逃げようにも、周囲に人だかりがいるし両腕を体格のいい男達に抑えられている。


 妻と娘は、自分をどう思うだろうか。脳裏によぎった二人の顔は、こちらをゴミの様に見下していた。


 一瞬だけ遠くなる意識。気づけば、真っ白な空間にいた。


『やあ、初めまして。君たちの言う神様さ。拝んでもいいよ』


 この時、自分は報われたのだ。


 今まで苦労しかなかった人生はこの為だったのだ。私は人よりも遥かに優れた能力と容姿を持って転生した。


 最初は苦労した。孤児としてスタートだったし、引き取り先はとんだクズどもだった。私に碌な食事を与えず、気に入らない事があれば暴力を振るってきた。まあ、人間ごときの拳など幼少の段階で通じはしないが。


 だが、ある日私の堪忍袋の緒が切れた。振るわれた拳に応戦し、逆に殴り倒したのだ。


 あっという間にボロボロになって床を這いずる両親。泣きながら私に慈悲を乞う姿に、前世を含めても最高の快感を得たのを今も覚えている。


 それから『俺』の人生はようやく『正しい』ものとなった。


 俺の様な選ばれし者が優遇され、神に選ばれなかった産廃どもを従える。俺の前世こそ間違っていたのだ。何故俺ほどの傑物があのような下々の者に顎で使われなければならないのか。


 力を見せつければ誰もが俺を崇めだした。最初は弱者故に俺を恐怖していた者達もいたが、しばらくすれば俺の素晴らしさがわかったのだろう。皆一様に俺を頼り、媚びへつらうようになった。


 女は勝手によってくるし、気に喰わない奴は殴って黙らせる。俺は自由を得たのだ。


 前世ではつまらない生活だったが、今生は気ままに生きた。そうしていくうちに俺の有能さに気づき、おこぼれを貰おうとすり寄ってきた奴らが現れる。その中には獅子堂組とかいう所の組長もいた。


 前世ではその姿に怯えていた奴らが、俺に怯えて媚びへつらう。本当にいい気分だ。


 そんな『正しい人生』を歩んでいると、あの神から神託があった。どうやら、あの神は俺に随分と優しいらしい。さては、前世は神の手違いで不遇な扱いを受けていたのではないか?


 まあいい。たった五人殺せば望む物が手に入るのだ。許してやろう。


 願いは当然『俺の国』だ。俺が王となり、愚民どもを従える。組の運営だって上手くいっているのだ、国だろうとどうにでもなる。


 俺自身の圧倒的強さ。それこそ銃を持った男ども二十人を一方的に蹂躙した事もある。そこに異能によってつくった『からくり屋敷』。


 このからくり屋敷に気に入らない奴や裏切り者を放り込み、じっくりと楽しみながら殺してきた。それが他の転生者でもかわらないだろう。


 どうせ俺が勝つ。なんせ俺は前世で理不尽な扱いだったのだ。その分神から優遇されるに違いない。


 ああ、なんだったらあの神を賞品として要求するのもありか?今まで見たどんな女よりも綺麗な顔をしていたしな。国なんぞ、獲ろうと思えばいつでも奪えるのだし。


 殺し合い初日。早速魔力を垂れ流した奴がいた。初っ端から力を露にするとは、さては自分の力に酔った愚物に違いない。ここは誰が真に選ばれし者か教えてやらないといかんな。


 とっととこのバトルロワイヤルを終わらせて、俺の女を従えながら国でも獲るとしよう。


 何故なら俺は世界の主人公だから!主人公がいつまでも燻ぶっているのは、つまらないものなぁ!


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