第6話 第一戦

第六話 第一戦


サイド 剣崎蒼太



 鎌足の後をついていきながら、彼に見えない様にスマホを操作する。一応、午前中に新城さんと連絡先を交換していたのだ。文章をうちこみ送信する。


 正直、鎌足がまともな同盟を組むとは思えない。よほどこちらに不利な内容の同盟を組んでくるか、それとも他に何か仕掛けてくるか。


 なんにせよいい予感はしない。周囲に第六感覚を張り巡らせる。


 それにしても、鎌足は自分の姿を隠す事もなく街を歩いている。服装は流石に着崩したスーツに変わっているが、首から上はそのままだ。


 当然通行人は彼を避けつつも、その容姿に注目している。明らかに堅気ではないから隠し撮りまではされていないが。


 そして奴の少し後ろを歩いている自分にも当然視線が集まってくるので、非常に不本意だ。ここまで目立つと他の転生者にも気づかれてしまいそうだが、大丈夫か?


 今の所魔力を一定以上持った人間は近くにいなさそうだが、人斬りの事もある。東京は狭いようで広い。人も多い事から、流石に顔を隠した状態ならそこまでバレないかと思ったが……これだけ目立つと、なぁ。


 鎌足にバレない程度にため息をつく。路地裏の段階で逃げるべきだったか。


 時刻は現在18時。太陽は雲でよく見えないが、それでもだいぶ日が落ちている事がわかる。確か、明日か明後日当たりから雪が降るんだったか。


 しばらく歩いているが、どんどん人気のない方へ。そして到着したのは廃工場……なのだろうか。結構でかい建物だ。近くに『取り壊し予定』と看板が地面にさしてあるが、その看板自体サビついている。


「ここで話すので?」


「中に俺が用意した応接室みたいのがある。偶にそこで取引とかやってるからよぉ、防音はしっかりしてるぜぇ」


「そうですか」


 廃工場に入ろうとする鎌足を見ながら、自分は足を止める。それに気づいた鎌足が眉間に皺をよせながら振り返った。


「ああ?なに立ち止まってんだ。早くこいよ」


「流石に、その工場の中に罠がはられているぐらい疑ってしまいまして」


 伊達メガネ越しに、鎌足の様子を探る。結果は黒。やはり罠の類があったか。


「もう一度言います。ここで俺達が戦うのは他の転生者に利するだけです。ここは同盟とまで言わなくとも、休戦協定ぐらいは」


「二つ、お前は勘違いしてるなぁ」


 こちらの言葉を遮り、鎌足が小馬鹿にしたような笑みを浮べる。その姿を一瞬黒い霧が包み、次の瞬間には先ほど見た黒ずくめへと変わっていた。それに対し、ほぼ同時にこちらも鎧を身に纏う。


「勘違い?貴方が既に他の陣営と組んでいるとか?」


 その可能性は考えた。だが、どうにもそうは思えないのだ。第六感覚的にも、今生で培った自前の観察眼的にも。まあ、それらを騙す能力を持っているかもしれないが。


「違うなぁ。そもそも生き残るのはたった一人。それなのに同盟なんて意味ねえだろぉ?」


「別に最後まで仲良しこよしとは思っていませんよ。最後に自分達含めて三人か二人ぐらいになるまで数を減らしてからと言っているんです」


「つうかなぁ、お前の勘違いを指摘してやろうってんだ。黙ってきけよ」


 鎌の柄を肩でバウンドしながら、鎌足は喋る。


 あの大鎌、柄の部分で二メートル。穂先の部分が六十センチほどか。持ち方次第だがこちらよりもリーチが長いと考えるべきか。


「まず一つ目。お前は工場の中に罠があるって思っているようだけどなぁ」


 その時、第六感覚に反応。場所は――足元!?


 咄嗟に飛びのくと、突如地面を突き破って巨大なトラバサミが閉まる。それを回避は出来たが、続けて工場の一部から大量の鎖が自分へと伸びてくる。


「くっ!?」


 鎖を切り払うが、三本逃した。それが右足と胴体、右腕に絡みつく。そのまま工場内へと凄まじい勢いで引きずり込んでしまった。


「このっ」


 工場に放り込まれながら鎖を引きちぎり。コンクリートがむき出しの床に着地する。


 自分が引きずり込まれた穴から、鎌足が入ってきた。廃工場の廊下に配置された蛍光灯が次々と点灯し、奴の金髪を照らす。


「この敷地内に入った段階でよぉ、お前は俺の腹の中なんだよ。ぶぅぁかぁ」


「……解せませんね。なぜそこまで俺とここで戦おうと?そういうのは、もっと終盤では?」


 なぜこうも『今』戦おうとするのか。それがわからない。


 だが、こちらの問いかけこそおかしな考え方とでも言うように、鎌足は大きくため息をついてみせる。


「それが二つ目の勘違いなんだよなぁ。これだから『雑魚』の思考回路ってのはお粗末でいけねぇ」


 鎌の切っ先を無造作にこちらに向けながら、鎌足は嗤う。


「勘違いその二ぃ!俺が、俺こそが最強にして無敵なんだから、全員とっとと殺しちまった方が効率的なんだよぉ!」


 ……なに言ってんだ、こいつ。


 思考に一瞬の間が空いてしまいそうになった瞬間、鎌足が躍りかかってくる。速い。直線の速度なら自分よりも上か。


「らぁ!」


 だが動きが雑だ。とても何かの武道を経験したそれではない。ただ身体能力に任せて武器を振るっているだけ。鎌の一撃を弾き上げ、奴にタックルを仕掛けるか。とりあえずこの廃工場から出よう。


 そう思いながら穂先へと剣を合わせようとする。だが、第六感覚が警報を鳴らす。慌てて迎撃を中断。体を横に逃す。剣先は少し遅れたが、問題ない。


 相手の方が膂力で勝っているのなら、受け流すつもりだった。横合いから先ほどの様なトラップが作動するなら、回避に専念するつもりだった。


 だが、どちらの予測も裏切られる。


「なっ……!?」


 奴の鎌。その穂先がこちらの剣を『透過』したのだ。


 剣を素通りした鎌がこちらの胸元へと迫る。直前に回避に移っていた事もあり避ける事は出来たが、切っ先が僅かに胸をかすめた。


 本来なら、鎧と当たって金属音なりするはずだ。しかし、確かに切っ先がかすめたはずなのに鎧に触れた感触も音もしない。同時に、胸の皮膚を何かがかすめた感覚。


「おらおらぁ!」


 こちらが避けるやいなや、鎌足が連続して鎌を振るう。それをひたすら避けながら観察すると、穂先が当たったはずの床や壁が傷ついていない。


 間違いない。奴の鎌は『接触する物質を選べる』。少なくとも、あの穂先に防御は無意味。素の肉体の強度で耐える必要があるのか。


「でぇい!」


 振るわれる鎌の柄、そこに切っ先をぶつけて軌道を逸らして距離をとる。


「ひっひ……お前は今日死ぬぜぇ。俺に出会っちまったからなぁ。これが女なら、『楽しませてやってから』殺したが。男に要はねえや」


 整った顔を醜く歪めながら、鎌足が鎌を振りかぶって突っ込んできた。


「く、のぉ……!」


 放たれる猛攻。それをひたすら避けるか、柄に剣をぶつけて弾く。防御不能とは面倒な。こちらの刃渡りが向こうの穂先より長いから柄に切っ先が届くが、この速度を相手だとそれもギリギリだ。


 だが、それだけなら面倒なだけですむ。問題は――。


「うおぅ!?」


 踏み込んだはずの右足が床を踏み抜いた。いや、『床に突然穴があいた』。


 バランスを崩すこちらに振るわれた鎌をギリギリで弾くが、今度は背後から鎖が伸びてくる。


 それを横に転がって避ければ、眼前に鎌が。左手一本でバク転するように後退し回避。


 さがった先で今度は横から銃撃。散弾を浴びせられ、衝撃に体がふらつく。そこに振り下ろされた鎌を、またギリギリで弾いた。


 トラップに触れたわけでもなく、奴がリモコン等で動かしている様子もない。だというのに、仕掛けられた罠が次々こちらに襲い掛かってくる。


 数度のトラップの発動で、それらが作動する瞬間僅かに魔力が流れるのがわかった。


「この工場自体が……!」


「気づくのがおせぇなぁ!」


「くっ」


 横薙ぎの一閃を更に下がって回避。直後足元の床が開き、危うく下の剣山に落ちそうになる。辛うじてふちを蹴り飛び退く事が出来た。


 固有異能……ではない。たぶん異能。それによりこの工場を奴は『支配』している。なるほど、確かに腹の中か。


 だが、活路は明確。要はここから出れば奴の有利は崩せる。


 この『剣の力』を使えばこの廃工場を叩き壊す事も不可能ではない。そうでなくとも一部を吹き飛ばせば脱出は容易。『偽典・炎神の剣』へと魔力を流し込み、蒼い炎が刀身を覆いつくす。


 漏れ出る熱気だけで周囲のコンクリートが溶けていく。この段階でも触れれば鋼鉄をも溶かす。『集約』状態でもこれなら、一気に放出すれば……!


「おお!?」


 驚いたように鎌足がさがる。炎に巻き込むのは難しいか。だがそれでもいい。今はこの建物を破壊する。


「いいのかぁ!?死ぬぜぇ、ガキがよぉ!」


「は……?」


 邪神に作られたこの肉体は、常人とは隔絶した性能を誇る。それは膂力であったり、頑強さであったり。その中には反射神経や視力の良さも含まれる。


 だからこそ、見えてしまった。


 古びた蛍光灯が照らす薄暗い廃工場。奴の数メートルほど離れた壁にあったドアがひとりでに開き、その内側を晒す。


「っ……!」


 慌てて剣に集めていた魔力をせき止め、炎を散らす。それに意識がそがれた瞬間、大鎌が迫る。


「いっ……っぅ」


 左肩を削られた。深さは二センチほど。この程度なら放っておいてもすぐに治る。だが、それよりも。


「おまえ……!」


 飛び退きながら、兜の下で冷や汗を流す。それは久しぶり過ぎる物理的な痛みによるものか、それともこの最悪な状況が原因か。


 先ほど開け放たれた扉の先。その小部屋には、『一人の子供』が椅子に縛り付けられていた。


 年の頃は五歳かそこら。少年と思しき子供がその小さい体躯と口元をガムテープでぐるぐる巻きにされ、パイプ椅子に拘束されている。大きな瞳からは幾筋もの涙が流れ、肩は小さく震えていた。


「ははははは!そう怒るなよぉ。いいじゃねえか、産廃をどう使おうがよぉ!」


 不愉快な笑い声と共に鎌足が切りかかってくるのを、柄を弾きながら応戦する。


「産廃?自分が違うみたいなものいいだな!」


「当たり前だ!俺は選ばれたからなぁ、神ってやつによぉ!」


「邪神に選ばれた所で!」


「俺にとっては救いの神さ!」


 横から跳びだした鎖を切り払いながら、大鎌を回避。奴の間合いの内側へと踏み込もうとするが、今度は奴が後ろに跳んだ事で剣を避けられる。


「安心しろよ!俺は優しいからさぁ、ガキを人質に武器を捨てろなんて言わねえぜぇ。まあ、お前が逃げたらガキは一人ずつ殺していくけどなぁ!」


「この……クソ野郎が!」


「語彙が足りねえなぁ、お里が知れるぜぇ!」


 一合、二合と互いの獲物をぶつけあいながら、第六感覚を周囲に張り巡らせる。今度は罠や奴の手下を探る為ではない。動かない、微弱な魔力を探し出す。


 自分を中心に十メートル探っただけで、五人分。内心で大きく舌打ちをする。


「おらおらぁ!どうしたぁ!?動きがぎこちねぇなぁ!?」


 大振りの鎌を横に弾きながら前へ。一気に距離をつめすぎて剣は振れないが、代わりに左の拳を奴の腹に抉り込ませる。


「がっ……!?」


 数メートル吹き飛ぶ奴に追撃をかけようとするが、目の前に天井が降ってきた。


「この、がきゃぁ!」


 四方八方から放たれる散弾を飛び退いて回避すると、隣の壁が突然開いて中から鎌足が。その鎌こそ咄嗟に捌いたが、続く蹴りが鎧の胸に直撃して後ろに飛ばされる。


 背中で壁を数枚ほど貫きながら、体勢を立て直す。


 どうする。どうすればいい。


 勘だが、この廃工場には三十人近い子供が拘束されている。それも一カ所ではなく複数の場所に一人ずつだ。これでは下手に工場を攻撃すれば、捕まっている子供まで殺しかねない。


 ふざけるな、こっちは他の転生者を殺す事だって覚悟を決めた『つもりでいる』だけなんだぞ!?そこに無関係の子供なんて……!


 これが、まだ『武器を捨てないと子供を殺す』と言われたのなら踏み切れた。例え子供でも自分の命の方が惜しい。自分はそういう人間だ。


 だが、『助けられるかもしれない』。そんな浅はかな感情が邪魔をする。雑念となり、体に巻き付いて離れない。


 自分でもわかるほど、意識が散漫していた。鎌足の追撃に防戦一方になりながら、思考を巡らせ続ける。


 考えろ。思考を止めるな。手足も止めるな。勝機を見いだせ。


 子供ごと大火力を放つ?無理だ。今の自分が一切の躊躇いなくそれが出来ると思えない。どれだけ自分に言い聞かせようと、魔力の流れが鈍る。その隙を切り殺されかねない。


 どうにかこの場を離脱する?それも先と同じ理由で難しい。一秒あればお互いに相手を殺せる戦いだ。僅かな隙があればその瞬間に雌雄は決する。


 なら、自分の選択は決まっている。


「どうしたどうしたぁ!逃げてばっかだなぁ腰抜けがぁ!」


「臆病なのは、そちらだろう」


 鎌を受け流し、床を蹴りつけて破片を飛ばす。それを外套で払いのける鎌足に切りかかるが、それは避けられた。組み合って貰えない。鍔迫り合いに持ち込めば勝てるが、それは向こうもわかっているか。


「ああ!?」


「わざわざこんな所に誘い込んで、待っていたのは罠と子供の人質。肝っ玉の小さい奴」


「てめぇ!ちょーしこいてんじゃねえぞ!」


 壁の一面が開き、突き出したサブマシンガンから放たれる銃撃の雨。それを何発か鎧で弾きながら、走って近くの壁を突き破り逃れる。


 当然の様に自分も壁を突き破って追いかけてくる鎌足。その背後から何本もの鎖がこちらを捕らえようと伸びる。


「最強だなんだと言って、そう自分に言い聞かせないと敵と相対する事もできないか?正直になれよ、『恐くてしょんべんチビリそうです』ってさぁ!」


「このクソボケがぁ!」


 下からすくい上げる様な鎌の一撃を一歩だけさがって回避。元々雑だった動きが更に粗くなっている。


「語彙が少ないぞ?お里が知れるな」


「死ねやぁぁ!」


 大上段から右手一本で振り下ろされた大鎌。片手持ちになった事で先ほどよりもリーチが長い。こちらの脳天目掛けて防御不可の一撃が迫る。


 この瞬間を待っていた。


 地面を抉る様に左足に力を込めながら、体を捻る。左足を軸として時計回りに体を振り回すと、たなびいた腰布を大鎌が透過するのがわかる。


 そのまま回転の勢いを右足の踵を床に打ち込む事で吸収。全ての勢いを右腕にのせる。


 このまま奴の首を刎ねる。ここで鎌足を殺す。その後警察にでも連絡して子供たちを助ける。同盟だのなんだのは知った事か。


 獲った。そう思った瞬間、しかし第六感覚は絶叫を上げる。それに従い、右腕を強引に引き戻しながら体を前方に投げ出した。


 右腕と右足に軋む様な異音が響き、それでも柄頭を腹部にある鎧の隙間へとかざす。直後にトラックにでも轢かれたような衝撃が全身を襲い、柄頭が腹に食い込む。


「ぐ、がっ……!?」


 弾き飛ばされた体を、両足で床に二本線を引きながら横回転を三回させて停止。同時に剣を構えなおす。


「ちっ、防ぐのだけはうめぇな」


 こちらに鎌を向ける鎌足。その口元には小馬鹿にしたような笑みは浮かんでいるが、激情の類は感じられない。こちらの挑発に怒りを覚えていたのは演技……ではないな。こちらに一撃入れた事で少しは頭に上っていた血がおりただけか。


 ……今の『不可視の攻撃』。銃撃ではなかった。音がしなかったし、なにより今更普通の銃弾一発でここまで吹き飛ばされる体はしていない。


 廃工場につもった埃。それがここまでの戦闘で舞い上がり、漂う様子が蛍光灯の光で薄っすら見てとれる。


 それが輪郭を与えたのは、一本の『尻尾』。


 大まかな形状しかわからないが、甲殻類のような印象を受ける。鎌足の背中側から伸びているそれは、サソリの尾を連想させた。


「さぁ、第二ラウンドと行こうぜぇ……」


 わき腹から痛みがひいていくのを確認しながら、口の中に広がった鉄の味を飲み下す。


 小さく、深呼吸を二回。


 なるほど、確かに。切り替える必要がある。頭に血が上っていたのはこちらも同じだった。


「ああ、第二ラウンドだ」


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