猫の婿取り(4)

 猫の朝は早い。


 娘っ子よりも先に起きだせば、さらに早起きの小鳥たちはもうピーピヨ、ピチチ。


 さわやかな朝、気位の高いお姫さまは小鳥の歌に酔いしれる。


 とんでもない!


 息をひそめ、素早くその一羽を捕まえた。


 何やらきつく小鳥に言い含めれば……。


「あれ、セキレイではないか。これは縁起のいい」


 日がすっかり昇ってから起きだしてきたのんきな娘っ子は、恋教え鳥とも、道教えとも伝わる、山の神の使いと名高いセキレイが目の前に舞い降りれば大喜び。


 子供のようにはしゃいでその後ろをちょこちょこついていけば、果たして大きな街道に出たではないか。


 牛追いに町までの道も教えてもらえば、あとはすぐそこ、昼前には町へたどり着くことができたのである。


『やれやれ……』


 つづらの中でヒメもほっと胸をなでおろした。


 旦那からの言いつけは、町の大きな宿屋に婿入りした庄屋の弟御おとうとごへ手紙を渡すこと。そのついでに土産などもつづらの中には入れられていたわけだが、宿屋へ着いてつづらを開けてもそこにヒメの姿はなし。


 さて、ヒメはどこへ行ったものか。


 つゆとも知らず、弟御は抱きかかえんばかりに娘っ子を歓迎し、娘っ子もまた遠く離れていた父親と再会したように喜ぶのであった。


「よく、無事にたどり着けたな」


「はぁい、みんな心配性なんだから」


「山はどうだった?」


「なんの。わっちは体が丈夫なことだけが取り柄ですけえ」


「怖いことはなかったか? しっかり峠の茶屋にでも泊めてもらったのだろうな」


「あいあい」


 ニコニコと娘っ子は悪びれもせず嘘の皮。そこがしかし、かわいくもあるか。なんとなく察するところあるのは、弟御も生まれ故郷の村に帰ってくれば、愛嬌のいい娘っ子を我がのように見ていたからだろう。


「おまえさんはよくやってくれた。一人でつかいに出すなど、悪いのは兄だ。村に行ったときはきつく言ってやろうな」


「あれ、そんなこと。わっちはなんも心配いりません。町へ来られてうれしいのだから」


「そうか、そうか。なら、ゆっくり羽を伸ばすといい。まずは足を洗ってな、顔もほれ、ほこりまみれだ、よく拭いて。ささ、早くなかで休むといい」


「ありがとうございます」


 菓子などもいただいて夢見心地の娘っ子だったが、小半時もすると、ちょいちょいと弟御に書斎へと呼ばれた。


「さて、お役目、ご苦労だったな」


「あれ、そんなお礼なんて、もったいないことです」


「ハハハ。いつまでも子供扱いを許しておくれ。おまえさんは女の子のないわしにとってはどうも、娘のように見えて仕方ないのだ」


「あれ、それこそもったいない」


 相好そうごうを崩したままの弟御は、一通の手紙を娘っ子の前に差し出した。


「そこで、だ。この手紙を兄からうけたまわったわけだが、ここに何と書いてあったと思う?」


 もったいぶられても、娘っ子は首をひねるしかない。なんともかわいらしいしぐさだ。


「兄からはな、おまえさんにいい縁談はないかと持ち掛けられたのだ」


「あれ、まあ!」


 庭で遊んでいたスズメたちがびっくり仰天、飛び立っていった。


「フフフ。兄のいたずら心もあろうが、わしも確かに、おまえさんのことは気にかけていた」


「ほんに、もったいない」


「もじもじするでない。これがな、何の縁か、わしに心当たりがあるのだ」


「あれ!」


「うむうむ。先の町の寄り合いでな、この町随一の酒蔵の主人に、息子にいい人がいないかと持ち掛けられたのだ。その時はあいにくうちには娘はいないと答えたものだが……」


「そこへ?」


 娘っ子はごくりと唾をのんだ。


「そうだ。わしの縁者ということにして、取り次ごうと思う。急な話だが、決して悪い話ではない。どうだ?」


 降って湧いた話に返答しかねる娘っ子だったが、


(田舎娘のわっちが、町のお嫁さんに……)


 まんざらでもないようである。

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