第2話 宴

「なんで、外で飲むビールってこんなにうめえんだろうなあ」「お前、外だろうが、店だろうが同じこと言ってんじゃん」「ぎゃはは、ちょーうける」


 わたしたちが川で遊んでいる間に、続々と見るからに陽キャなやつらが、タープやBBQセットなどアウトドア用品一式を担いで、川辺のいたるところに拠点を作っていた。


 この川辺は地元に住んでいるものしか知らない、穴場中の穴場。昔は、製薬企業の保養所があり立ち入りが制限されていたようだが、今は廃墟となった施設がひっそりと佇むだけで、辺りはコンビニひとつもない静かな場所だ。

 あまりにも穴場なので、川の正式名称があるにも関わらず、穴川と呼ばれているぐらいだ。だからこそ、地元のファミリー層しかいない静かな川遊びができると期待したのだが……。 


「やっぱり夏は川だべ」「ばっか、川より酒よ」「なんだよ、結局それ目当てかよ」


 ぎゃはははははは――


 こいつら……いつの間に。

 今や、わたしとすもものテントは彼らの一大拠点の前に小さく霞む。陽キャ軍団たちに四方を囲まれている状態であり、まるで、これから奴らにカツアゲでもされるんじゃないかという勢いだ。


 陽キャ軍団が、アウトドアに賭ける情熱は目を見張るものがある。わたしたちの安い簡素なテントとは大違い。彼らの装備は、どれも大規模で、ちゃんとしたアウトドアブランドの機材なのだ。タープの張りもよく、イスは全て背もたれがいい感じに倒れる高級品。テーブルには大量の缶ビール、ウィスキー、チューハイが並び、ちょっとした野外バーと化している。


「いえーい」「よっちん、もう注ぐ準備できてるんだけど」「おいおい、いきなり一気のアルハラかよ!」


 うわははははははは

 きゃははははははは――


「お、おとうさん……」小さくうずくまるすもも。


 いかん! あまりの陽キャどものパリピぶりに、娘が怖がっている!


「おーし! お待ちかねのBBQやるよ~」「お願いしまーす!」「おいおい、お前ら男は、肉焼けよ!」


 ぎゃははははははは――


 人目を憚ることなく騒ぎたてる陽キャ軍団には、ある特徴があった。


「マヤちゃん、とうもろこし好き?」

「ん――。嫌い」

「OK、じゃあ、先に肉焼くね」


 軍団の中に、必ずといっていいほど女の子がいるのだ。しかも、1人か2人といった少人数。構成比でいえば、男98%――女2%ぐらいの歪さ。


「あ。やっぱり、とうもろこし食べたいかも」

「OKOK! 今から焼くね」

「ん――。でも、やっぱいいや。お肉の方が好きだし」

「OK!」


 完全なる女王様。

 ご機嫌を損ねないように、四方の陽キャどもが一斉に火を起こす。


 彼女達も、自分の価値を完全に理解しており、男を意のままに動かしている。当然、男たちは女王様の奴隷だ。喜々として、彼女たちの要求を満たしていく。好みの食材を焼き、簡単なカクテルまで作り、ゴミの片付けはおろか、生贄の陽キャ(よっちん?)を川に投げ込み、笑いをとることも忘れない。


「おいおい! お前らふざんけなよ! でも、きもちいい~」

「あははは、ちょーうける~」


 ここまでして、彼らが女の子に献身的になる理由。


 それは――とどのつまり、セックス。


 この子と、この後めちゃめちゃやりたい。これしかない。


 この陽キャたちのアウトドアパーティーの魔の手は、ついに、わたしたちに迫ってきた。


「お、おとうさん、ごほっ、ごほっ、目がいたいよ~」


 なんと、このBBQの煙が、あろうことか彼らのうちわにあおられて、我が家のテントに襲いかかってきたのだ。


 四方で繰り広げられる、この乱痴気騒ぎの公害(BBQの煙)は、高気圧が生み出す複雑な気流の影響によって、我が家のテントを覆う。まるで、陽キャどもに四方からスモークされている状態になった。


 バタバタバタバタ――うちわが火を強め、

 もくもくもくもく――欲望の狼煙があがる。


 静謐なる大自然(……と、平和な我が家)に、濃霧警報が発令された。


 流石に、ここはもう無理だ。

 せっかく朝イチで良い場所を確保したのだが、撤収しかない。


「すもも、ごほっごほっ、ちょっと場所移そうか?」

「う、うん……ごほっごほっ」


 今や陽キャどもが燻す煙によって、ぴんと張ったテントがしなしなになっている。心なしかテントも、助けてくれと叫んでいるような気がした。ささっと適当に折りたたみ、周囲を見渡す。


 陽キャどもは、何もここだけに集中しているわけではない。今や、川辺を完全に埋め尽くす勢いだ。気が付けば、わたしたちのような無垢なファミリーはどこにもいない。どこもかしこもチャラいやつらばかり。こうなれば仕方ない。少しでもマシな陽キャたちの隣で新たにテントを張るしかない。


 わたしは娘の手を握り、まずはBBQをしていない場所を探す。すると、ちょうどBBQを食べ終わったばかりの大学生軍団(男9人、女1人)を発見。しかも、一張できそうな空きスペースもある。


 さささっとサワガニ顔負けの高速横移動で、すももの手を引き、ポイントに到着。無事、我が家のテントを設置することに成功した。


「よかった。ここまでくれば煙の心配はなさそうだね」

「うん、よかっ――」


 しかし――そうは問屋がおろさない。ほっと胸をなでおろした、わたしたちの平和をゆるがす負の旋律が聞こえてくる。


 ドゥクドゥクドゥクドゥク――


 ずんずんずんずん

 ずんずんずんずん――


 ま、まさか、我が家のテントごと揺らすような、この重低音は――


「お、おとうさん……うるさいお経みたいなのが……」


 そう。

 間違いない。わたしたちの耳をつんざくような重たいノイズの正体。


 それは――ヒップホップ。


 大学生風の陽キャ軍団は、食欲が満たされたら、今度は快楽へと舵を切ったようだ。この大自然に似つかわしくない巨大なアンプをセッティングして、大音量でFACKを連発するヒップホップを流し始めたのだ。



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