11月3日 PM13:30

「……です。よろしくお願いします。今日は俺の趣味であるラップを披露したいと思います! 音源も作ってきたので、聞いてください」


 体育館の舞台上に流れるのはいつもの16ビート。相棒であるカセットデッキから流れている音に合わせ、俺は言葉を紡ぐ。


    *    *    *


yo 震えてる 足が震えてる

恐れてる 何を恐れてる?


謂わばカースト下層、それもワースト ならここで火葬されてバースト?

火のないところに立てた煙吸ってみんなHigh


晒し者? 笑いもの?

俺に宿るのは紛い物じゃねぇ赤い炎!


ここにいる奴らに愛を伝えに MIC握りカマす才能食らえシーン

模造品じゃなく超合金 盗品? 違う、所蔵品!


君が好きだ こんな宣言も意味成す日だ

甘いセリフだって言い出す気だ 言い訳はもう意味なくした


客席の君に恋焦がれ 周囲の視線に追い込まれ

あえて無視する「おい終われ!」 望んでんだ「時よ止まれ」 Pull Up, Come again……


この状況は大負け? 所詮メインのおまけ?

黙って聴いてろよ今日だけ ステージじゃ俺が王だぜ


    *    *    *


 ビートは流れ続けている。俺は目を閉じ、口から出てくる韻律を頭にリフレインし続ける。

 今回はフリースタイル、即興だ。心の奥で溜まっていた無数の言葉を放ち、ただ音に乗り続ける。このビートが止まってくれなければいいのに。徐々にフェードアウトしていくリズムは耳の奥に残り、陶酔した気分が少しだけ持続する。

 一拍置いて、冷静な自分が顔を出した。客は沸いているだろうか? もしかしたら、我が校の文化祭史上稀に見るほどスベッたのかもしれない。


「……あ、ありがとうございました! 素敵なパフォーマンスに拍手をお願いします〜!」


 不安は見事に的中した。観客の反応は苦笑いとまばらな拍手で、惰性でリアクションを行なっていることは目に見えている。HIPHOPが根付いていないのか、知らない奴が急に舞台に上がって困惑しているのか。自分が必死にやったパフォーマンスは誰にも届かなかったのか? そう思った瞬間だ。


「ぽう……ぽう……?」


 俺は目撃した。並べられたパイプ椅子群のちょうど真ん中あたりに座る、ユカちゃんのあどけない笑みを。彼女は指で銃を作り、天井に向けて撃ち続けている。ぎこちないゴンフィンガーだ。初めてハンドサインを作ったのだろうか、自らの高揚感を俺に伝えるかのように、どこか満足げな笑みで一心不乱に行っていた。

 舞台袖にハケる直前、俺は大きく一礼をする。この礼は、そもそもこのライブは、本来ならたった一人のための物だ。届けたい人に届いたのなら、まずは満足だ。


 次に作る曲はどうしようか? 俺は確かな熱を胸に、ユカちゃんにメッセージを送る。いつか付き合えるように、確かな願いを込めて。


「次の曲のコンセプト、リクエストしていい?」


 次のリリックも、君にしか聞かせないから。

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君に捧げたいリリックはダイナミック @fox_0829

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