第三章 春の目覚めを待つ国よ

八年後

第44話

 春が訪れればクルドゥ病が治まるだなんて、そんなもの、迷信だ。


 ❅ ❅ ❅


 その昔、スニェークノーチ国にはふたつの季節が存在していた。

 ひとつはこの国の象徴とも云える雪が降る『冬』。そしてもうひとつは、伝説の竜によってもたらされていたとされる『春』である。

 冬の国に一時いっときだけ訪れていた『春』は、現代では永らく訪れていない。最後に確認されたのは、実に八年前のことだった。


「……はぁ……」


 スニェークノーチ城庭園にて、陶器のような雪の肌を持つ女性が空を仰ぎ、行き交う雲たちを眺めては溜め息を吐くことを繰り返していた。昨夜に降り積もった雪の残骸が絨毯を作り出して、彼女はそれを名残惜しそうに踏み進めていく。キシキシと小さく鳴る雪に憂いていたはずの頬が自然と綻んだ。


 彼女こそ、この雪夜国において、第一位継承権を持つ現国王陛下の一人娘、リチラトゥーラ姫そのひとである。


 御年十八となる彼女の憂い顔は周りのメイドたちからしても花に等しいほどに美しく、麗しいものだった。彼女は見た者すべてを魅了する力を持っていた。


 何故リチラトゥーラは憂いているのか。それについて語るには、少しだけこの時間を巻き戻さなくてはならない。


(お前がいなくなってから、八度目の冬ね)


 リチラトゥーラの吐息は、晴れた空に溶けていく。



「————

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