第35話

(……あら? あれは……)


 この日も病にせっている婚約者のノークのもとに看病をしに向かっていたナーシャは、ふと彼らを見かけてその足を止めた。


 彼ら——ローウェンとサリュート、そして何故かローウェンに抱きかかえられ眠るヒリューニャはナーシャの気配に気づくことなく、彼らの宿泊部屋へ繋がる廊下を進んでいった。

 このときまでは何げなく、ただ微笑ましく思っていた。けれど、少ししてどこからかぐずぐずと鈍い音を立てて崩れていくような感覚に心が落ちていく。ナーシャは顔を歪ませ、ローウェンたちから視線を逸らした。


 まるで愛おしそうな表情をしてヒリューニャを抱きかかえるローウェンに酷く胸が痛んだ。

 それは妹への嫉妬か、はたまた別の感情か。壊れかけたナーシャの心では冷静さが欠け、考えることもままならない。


 そう。たとえナーシャの知らない時間、彼らの間にがあったとしても、それは彼女にとっては関係のない話だ。他人の恋愛に口出しをするなど、意味も利益も無いことなのだと彼女は理解していた。

 ナーシャは少しだけ右口角を上げると、愛しい恋人の待つ母屋へ止めていた足を進めた。


 現実とは、時に残酷である。


 ガチャン、と薬湯の入った容器が大きな音を立て割れた。

 割れた容器の隙間から流れゆく液体は、まるで血液が流れていくようにどくどくと零れていく。


 ❅ ❅ ❅


 ——その夜、ナーシャの婚約者であるノークが、息を引き取った。

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