第29話

 ヒリューニャに連れられて赴いた場所は、ローウェンたちにとってとも言える懐かしさの香る場所だった。

 少しばかりの期待が外れたことと、眼下に広がる故郷に思わず吐息が零れる。何故彼女が自分たちをに連れてきたのか、なるほど、その理由が少しだけ分かったような気がした。

 そこはスニェークノーチ城内にある花の温室だった。


「……、だな」


 ローウェンが呟くと、ヒリューニャの表情がかげりを帯びた。

 理由は単純である。この花は、だからだ。


「……大方、昔この国に春を届けにきた誰かが、民に同情して花を植えさせたんだろうな」

「はい……。我が国の恥と存じます。……ですが、どうしてプランタンの花を受け取ることを決めたのか、その理由も分かるのです」


 プランタンの花を西国の島国から持つ出すことは固く禁じられていた。

 持ち出せば重い制裁を受け、二度と西国の島国から外へ出ることが叶わなくなる。それほどの重罪を、昔の春竜は犯した。

 しかし当時の春竜が犯した罪に対して同情できる点があることをローウェンは理解していた。


 春竜の鱗を模したプランタンの花は春を彷彿とさせる美しさをあわせ持っている。その美しさは春竜の鱗にそっくりだが、所詮は『偽物』だ。


 春竜の鱗は、どんな病もその一枚を飲むだけで治ってしまうという力を秘めた万能薬であり、別称『花鱗かりん』と呼ばれている。万能薬という噂だけが先行し、その力を欲さんがために目が眩んだ人間に殺害された同胞も少なくはない。

 各国では毎年——特にこのスニェークノーチ国では——原因不明の病が流行し、すべもなく亡くなる国民が後を絶たない。『花鱗』の伝説に縋りたくなるのも、理解ができた。

 だが、禁じられた物事を破った者はどうなるか? それは想像に難くないだろう。


 ローウェンは見事に咲き誇っている『プランタン』を眺める。実によく整備されている温室だと思った。どの花たちも元気に咲いているのが何よりの証拠だった。

 同胞の罪を見つけてしまった以上厳しくあらねばならない立場の反動で、その美しさについローウェンは笑顔になってしまった。


「……お前たちは幸せ者だな。とても綺麗に咲いている。……ここの管理はあんたが?」

「はい……。ありがとう、ございます」


 彼女の顔は浮かない。それは罪の意識からか、はたまた別に思うことがあるからなのか。ローウェンはこの問題の当事者ではあったが、少しだけ申し訳なく思った。

 プランタンの花を島から持ち出すことは禁忌ではあったが、春竜絶滅の時が近い今、島の管理を他国に譲ってもいいのかもしれないと彼はひそかに考えていたのだ。


「……別に、あんたを責めたいわけじゃない。どうやってあんな辺鄙へんぴな島からこの花を持ち出したのか……そこが疑問だけど、今からずっと昔の話だから。……あんたみたいなひとに大切に育ててもらえていると分かって安心した」

「……え?」

「今回の『春告げの旅』で、父が死んだ。これでおれが把握している春竜の数は、おれとサリュートのふたりになった。プランタン島の亡国も近い。……だから、少しでもこの花を、大切にしてくれるひとに預けたいと考えていた」

「…………」

「本心だよ。だってあんたはこの花を悪用しようだなんて思ったことはないだろ?」


 ローウェンの思わぬ言葉に、ヒリューニャの眉がハの字を作った。きっと胸中は複雑なのだろう。

 自分ではない、遥か昔の先祖が犯した罪を、こんにちまで受け継いできたのだ。罪と知って生きてきたことを、今更許すと言われても混乱するだけだった。


「はい、思ったことはありませんよ?」


 それでも、ヒリューニャはローウェンに対して微笑んだ。今度は少しだけ安堵の色を見せて。

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