第28話
彼女は、この国の王として彼らの前に立っていた。
「……あんたは……」
ローウェンはその人物を不思議そうに窺う。どこかで会ったような気はしているのだが、頭には
「ああ、そうでしたわね。あの後、貴方がたのもとに残ったのは妹でしたものね」
クスクスと口元を隠しながら微笑む彼女の纏う雰囲気は、どこかこの国の雪を彷彿とさせるみたく冷ややかだった。
そう感じたのは一瞬のことで、すぐに冷ややかさはどこかへと消え失せた。気の所為……だったのだろうか。とりあえず今はそう思っておこうと、ローウェンは口を
「改めまして、スニェークノーチ国へようこそ。私はこの国の王、ナーシャと申します。この度は国へ春をお届けに来訪くださり誠にありがとうございます」
ナーシャはローウェンたちに深々と頭を下げた。さらりと揺れた軽く巻かれた髪が太陽の光に反射する。キラキラと艶めく彼女の髪にサリュートがうずうずと興奮し始めた。このままでは勢いづいてナーシャに飛び掛かってしまいそうだ。
ローウェンはなんとかサリュートがナーシャに飛びつかないよう細心の注意を払いつつ、サリュートの手綱をしっかりと掴んでおく。
「……おんなじっ、おんなじっ」
「え?」
あまり言葉を話さないサリュートが、分かる単語を並べたことに兄であるローウェンは驚いた。その一瞬の隙を突いたサリュートはローウェンの手を逃れてナーシャに飛びついた。
ナーシャは突然のことに目を見張ったが、しっかりとサリュートをその身に受け止めた。
「あらあら。貴女、随分とお転婆さんなのね」
「おんなじっ」
「おんなじ……? ああ。ヒリューニャと同じ顔をしているという意味かしら? そうよ。私たち、双子の姉妹なの」
そう言ってナーシャはサリュートの手を取る。サリュートはきゃっきゃっと心から嬉しそうにしていた。
ふたりの微笑ましげな光景を、ローウェンは何故か訝しげに見つめていた。「……春竜様?」とナーシャがローウェンに尋ねる。
そういえば、自身の名を伝えたのはヒリューニャだけだったなとローウェンは思い出す。ナーシャに名乗ることを一瞬
「春竜と呼ばないでくれ。おれはローウェン、そっちは妹のサリュートだ」
「……妹? 番いでは、なかったのですね……」
「番い?」
「いえ、私の勘違いだったようです。どうかお気になさらないで。お名前をお教え頂きありがとうございます」
そう言うとナーシャは深く礼をした。
ローウェンはこのときから無意識の内に冬の姉妹を比べていた。似ているのは顔だけで、中身は全くの別人だという印象だ。
目の前にいるナーシャは、確かに王たる器を持つ才ある者かもしれないが、ローウェンはヒリューニャこそこの国の王となるべき存在だと、この数日間を通じて秘かに思っていた。
(まるでこの姉妹は月と太陽のようだ)
ローウェンは静かに思考を落ち着かせる。この王が信用に足る人物であれば、彼はスニェークノーチ国に春を届けなければならない。
春竜として考えることが山積みだと知ると、ローウェンの口から自然と溜め息が零れた。
❅ ❅ ❅
「——あれ? ナーシャとローウェンさまにサリュートさま?」
不意に、焦がれていた声がローウェンの鼓膜を優しく包んだ。俯き気味になっていた顔がその一声によって勢いよく上がる。突然のことに、声の主であるヒリューニャは驚いた様子で目をぱちぱちと瞬かせた。
その日のヒリューニャは、普段着衣している騎士団服ではなかった。非番なのだろう。出逢ってから見掛けたことのない、彼女にしては珍しい緩めの服装で彼らの前に現れたことに、ほんの少しだけローウェンを驚かせた。
その手元には薄く広がった円型の竹籠があった。何かを摘みに行くのだろうか。それならば動きやすい服装をしていることにも頷けた。
「皆さまお揃いで……どうかなされたのですか?」
ヒリューニャがナーシャに訊くと、ナーシャは少しだけ困ったような表情を見せた。
「……いいえ? 用事に向かう途中で春竜様たちをお見掛けしたものだから、改めてご挨拶に伺ったの。もう行かなくちゃ。ローウェン様、サリュート様、それでは」
ナーシャは微笑み、その場を去ろうとした。だがそれはヒリューニャによって阻まれた。
「ナーシャ、今日もあの方のもとへ行かれるのですか?」
不安げに落ちる声色でヒリューニャがナーシャの背に問う。ナーシャはゆっくりと振り向くと、真っ直ぐヒリューニャを見つめた。その瞳には酷く悲しみの色が宿っていた。
「…………ええ。あのひとには、私しかいないもの」
「……そう、でしたね」
「ええ」
ナーシャはこの
太陽の光が雲の影に隠れる。少し風が吹けば先ほどとは変わって肌寒い。そろそろ部屋へ戻ろうか、とサリュートの手を引こうとしたそのとき、あの、とヒリューニャに呼び止められた。
「ローウェンさま、これから少しだけ私に、お付き合い頂けませんか?」
「……え?」
ヒリューニャからの思ってもみなかった誘いの一言に、ローウェンは無意識の内に喉を鳴らした。
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