第27話
ローウェンとサリュートが快復したのは、スニェークノーチ国で保護されてから一週間が経過した頃だった。
彼らは、西国に位置すると伝えられている幻の島国『プランタン』に暮らす春竜一族の兄妹だった。
兄のローウェンと妹のサリュートは父親と共に春を届ける『春告げの旅』を巡っていた矢先、スニェークノーチ国上空にて雪嵐と接触。ローウェンはなんとか反応し逃げ
その結果、サリュートは助かったが、彼女の代わりに父親が雪嵐の餌食となったのだった。悲しみに浸ることは許されないまま、ローウェンたちは満身創痍となりながらもスニェークノーチ国へと入国した。
サリュートは知的障害を持っていた。それ故に普通であれば近づくことのない嵐を興味本位で触れてしまったのだろう。自分の身勝手な行動で父親を失ったなど、伝えても意味がないと分かっていても、ローウェンは妹に父親の最期を伝えたいと思っていた。
❅ ❅ ❅
ローウェンたちはスニェークノーチ城内にある庭園にて休んでいた。サリュートは庭園に咲く寒色の花々に誘われてやって来る蝶々たちが気になるようで、姿を見つける度にトテトテと追い掛けていた。
しかしいつ話題を切り出そうか。途方に暮れるローウェンはふと空を仰ぐ。
ほぅ、と吐息を零せば白く息がつき、よく見ればキラキラと煌めく雪の結晶が宙に舞っていた。
(どうりで寒いわけだ……)
いくら冬に少々の耐性があるとはいえ、ローウェンたちにとってスニェークノーチ国は異国の地。体調を崩す可能性も考慮し、外に長居することは控えようと思った。
「サリュート」
ローウェンが名前を呼べば、彼女はピクリと反応を示した。蝶々を追うことを中断し、トテトテとローウェンのいる方へと歩いてくる。「にぃに」と無機質な音でローウェンを呼ぶ、感情の無い妹の声に、彼は慣れてしまった。
「……サリュート、にぃにのお話、聞いてくれるか?」
「んっ」
この子がどこまで自分の言葉を理解してくれるかは分からない。一種の賭けのようなものだと、ローウェンは心の中で独りごち苦笑する。
それでも、少しでも父親のことを彼女の記憶に刻み込みたい。父親がいかに妹を愛していたのかを伝えたい。それが、自分が生き残った意味であると、ローウェンは思っていた。
ローウェンはサリュートの両手を優しく包み込むように握り、そして言い聞かせるようにして父親の話を語り始めた。
「……父さんが、いなくなってしまったよ。お前を守って、お空に行ってしまったんだ。ずっと頑張ってきた人だったから、
「うー?」
「父さんはね、ちゃんとお前を愛していたよ。最後の最期まで。悲しいけど、ちゃんと受け止めないとな。……なぁ、サリュート」
——おれたち、ふたりぽっちになってしまったよ。
ぽつりと零れた言葉は、思いのほか鋭い刃をなってローウェンの心を抉るようにして突き刺さった。
サリュートは急に俯いてしまった兄の様子に違和感を抱いたのか不安げにしている。寒さの所為なのか、悲しみによるものなのかは定かではないが、ローウェンの震える手をサリュートは意識的にぎゅうっと握り返した。妹の気持ちが籠った“お返し”に、ローウェンは思わず頬を綻ばせた。
「……ありがとう、サリュート」
「ん!」
幼い全身を使ってサリュートは胸を張った。まるで『大丈夫だよ』と励まされているような感覚に、兄としてしっかりとしなければという気持ちが湧き上がる。
「——あら。もうお体の方は良くなられたの?」
ふと、背後から声を掛けられた。始めは自分たちに向いているものだとは思わず聞かぬふりをしたのだが、もう一度、今度は「春竜様?」と問われたものだから、ローウェンは思わず声のする方へ振り向いた。
似ている、と思った。けれど——違う。
薄茶色に艶めく長い髪は太陽の光に照らされて一層美しく輝いている。双眸に映る琥珀色の瞳はしっかりとローウェンたちを捉えており、その視線はヒリューニャによく似ていた。
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