第23話
いつものような淡い雪がちらつく朝。変わらない毎日に感謝して彼女は身支度を整える。
去年から国王である最愛の姉に、拝命を受けた騎士団への配属。その団服に袖を通すことに今も慣れないのは、毎日気持ちを入れ直している所為だろうか。
(……いや。ただ、不安なだけなのかもしれない)
なんて、彼女は心で独りごちて苦笑する。
彼女の名はヒリューニャ。スニェークノーチ国国王に姉を持つ、この国の第二位継承権保有者である。
国の姫として他国との交友関係を築く公務をこなすための素質を十分に持つヒリューニャであったが、彼女は国の象徴でもある姉のナーシャを支えるため、姉のための『騎士』となることを望んだ人物だった。
ヒリューニャが自らの意志で入隊したスニェークノーチ国騎士団。現在のスニェークノーチ国における、近衛隊の原型となる警護組織だ。
あらゆる災厄から国を守り、反政府勢力となり得る『賊』を根絶し、国民に安寧をもたらすことを主な目的として組織された騎士団だった。それこそが国王の願いであり、そして騎士団の在り方だった。
しかしヒリューニャは自分に自信を持つことができなかった。いくら国の剣術技会で優勝しようが、彼女にとっては『お遊戯』でしかなかった。実戦となれば、間違いなく足手まといになることは明白だった。
それでも彼女は姉を守る騎士でありたかった。辛い訓練を乗り越え、やっと手に入れた守る手段。その居場所を何としても手放してはならない。
団服に着替え終わったヒリューニャは気合を入れるため、両手で思い切り自分の頬を叩いた。乾いた音が室内に響き渡る。ジンジンと痺れた頬に熱が帯びていくのが分かった。
この熱が、今日も『強いヒリューニャ』を支えていくのだ。
❅ ❅ ❅
黒くふんわりとした長い髪が、緩い三つ編みで結われている。ゆらゆらと揺れるのと同時に、カツカツと彼女のヒールブーツの足音が響き渡る。
自室を後にすると廊下ではメイドたちが清掃を行っていた。ヒリューニャは『姫』として彼女たちに挨拶をしていく。メイドたちも同じようにして彼女に挨拶を返した。騎士団の正装に身を包んでいるとはいえ、それよりも前に彼女はこの国の第二王女なのである。ヒリューニャもそれを自覚していた。彼女の微笑みは城内に笑顔の花を咲かせていく。
少しして目的の部屋の前に辿り着く。一度深呼吸をして心身を落ち着かせ、伏せた瞼をゆっくりと開いていく。視界は澄んでいた。
気持ちの整理がついたヒリューニャは、王室に続く扉に手を触れた。
重厚な扉の音が脳内に直接響く。同時に、ヒリューニャの目の前に、甘い『プランタン』の花香が勢いよく広がった。あまりにも甘ったるい香りに、思考が眩む。
「——あらヒリューニャ。今日も変わらず凛々しいわね」
王室に入室すれば目の前に立っていたスニェークノーチ国・現国王であるナーシャが振り向いた。彼女は愛する妹の姿を見て、優しく微笑んだ。
「おはようございます、ナーシャ」
「ふふ、おはよう」
ふと、先ほどの甘い香りの正体についてヒリューニャはナーシャに問うた。
「あの……ナーシャ、ひとつ聞きたいことがあるんですが……」
「何かしら?」
「はい……あの」
ヒリューニャが恐る恐る指を指した先には、人生の中で見ることなどないと思っていた存在が視界に入る。驚くほどに大きな体躯はふたつあり、ヒリューニャは己の目を疑った。
その正体は——竜だった。
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