第14話

 初めに感じたのは、冷え切ったタイルの硬い感触だった。

 頬に当たる無機質な温度にふっと目が覚める。目の前は漆黒の闇が広がっており、カサカサと布を擦ったような音が彼女の耳に触れた。

 そこから推測されるのは、自分は現在何者かによって拉致・監禁され、体を拘束されている状態だということだった。


 彼女、リチラトゥーラは決して馬鹿な娘ではない。


 彼女は自分の存在、立場というものを幼いながらに理解している賢い娘である。おそらくこの暗闇を作りだしているのは麻袋か何かであろうと彼女は思った。


 王家の人間たるもの、いついかなるときも冷静であれ。

 それが、スニェークノーチ国王女であるリチラトゥーラ姫のだった。視覚が奪われているため、外の状況を知るには聴覚に頼るしかない。幸いにも彼女は耳が良かった。起きたことを犯人に悟られないよう、細心の注意を払いながら鼓膜に意識を集中させる。

 ……段々と聞こえてきたのは数人の足音と獣の遠吠えだった。重い足音から、その正体が男性であることを推測したリチラトゥーラは犯人がこの国を恨む『賊』なのではないかと考えた。


『賊』とは——スニェークノーチ国の政治や在り方に対して不満を抱く者たちが集団となり、己の思想を胸に掲げ善悪は考慮せず自分たちの正義を貫かんとする者たちを指した。


 リチラトゥーラは細かくは『賊』について知ってはいなかったが、『賊』という存在が自分にとって『脅威』であることは知っていた。


(お父さまに不満がある者たち……ってこと、よね?)


 どうして世界から争いは絶えないのだろう。リチラトゥーラは悲しい気持ちになった。皆が仲良く手を取り合えば、この国はさらに豊かになるはずなのに。ひとに感情を持たせた神さまが悪いの? と彼女は行く当てのない問いをぐるぐると脳内でループさせる。

 ——ガタンッ……キィ……。

 不意に部屋の扉が開く音が彼女の耳に届いた。その音に微かに驚いたリチラトゥーラはその小さな体に少しだけ力を入れる。できるだけ『賊』に起きたことがバレないように息を潜めて足音に集中していたが、すぐに頭部に被さっていた麻袋を剥ぎ取られてしまい『賊』と対峙することとなった。

 急激に視界が開けたことで、リチラトゥーラは思わず反射的にぎゅっと目を瞑った。少ししてその明るさに慣れると、ゆっくりと世界を見渡す。あざけ笑うようにして立っていた。


「————……ジュード……?」


 現実を受け入れられない、絶望した声音が室内に広がった。

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