第15話
目の前に立つ男が自分を攫った主犯格であることは容易に想像ができた。
ただ、リチラトゥーラの信頼する近衛兵隊長であるジュードということを除けば。
「なに、を……しているの……。ジュード……。お前は、何故こんな場所に、いるの……。その後ろのひとたちは、誰……?」
リチラトゥーラは何とか叫び出したい気持ちを抑えて冷静を装いジュードに問う。ジュードは嘲笑を浮かべ、主であるリチラトゥーラを見下した。
「……ああ、すみません姫……。こいつらは下がらせますね」
ジュードは彼の後ろに控えていた、彼の部下だと思われる者たちを部屋から退室させた。しん、と静まり返った室内にリチラトゥーラとジュードの呼吸音だけが反響している。張り詰めた空気が室内に充満する。酸素が薄まっているような気がして、リチラトゥーラは意識が揺らめいていく感覚に戸惑った。だが今そのような弱さを目の前の男に見せてはいけないと脳が告げる。
「……お前は、何がしたいの」
「……ああ。まあ、そうですよね。気になりますよね……」
「お前は本当にあのジュード=ハンスなの?」
「ええそうですよ。あなたの近衛兵隊長、ジュード=ハンスです」
ジュードは近衛兵隊長の証であるネックレスの紋章をリチラトゥーラの目の前にぶら下げた。それはスニェークノーチ国の国花である『プランタン』の形を刻んだネックレスだ。国に勤める者たちは皆、このネックレスを所持している。隊長格ともなれば一般兵よりも装飾が派手になる。ジュードが持っているそれは、間違いなく隊長格の『プランタン』だった。
「……本当なのね」
「信じて頂けて光栄ですよ、リチラトゥーラ姫」
「嘘くさい笑顔の芝居は止めなさいジュード。お前が今していることは国罪に値するわ」
それを分かっていてこんなことをしているの? とリチラトゥーラは続けた。彼女のその問いにジュードの表情は楽し気に歪んだ。その表情が答えだった。
「何故こんな、『賊』の真似事みたいなこと……! お父さまに不満があったのなら、直接言える立場にあるはずなのに!」
「姫、そう怒らないでくださいよ。……確かに、今の私が国王陛下に進言することは易いことかもしれません。でもね、言っても無駄なんですよ、私の願いなんて」
「……どういうこと……?」
いつだって父に寄り添ってきたこの男は、いつの間にか心を闇の底へと落としてしまっていた。心を殺し、感情を捨て、それでもなお『仕事』を全うすべくそこに立っていた。あの雪合戦のときの笑顔も、あの言葉も全て嘘だったというのか。
「……ま、安心してくださいよリチラトゥーラ姫。私の目的が達成されるまでは大人しくしていてください。そうすればあなたに危害が及ぶことはありません」
リチラトゥーラはなんとか彼の言葉を飲み込んだ。とにかく今は大人しくジュードの言う通りにしなければ。彼の言葉に従いさえすれば、少なくとも今は傷つけられることはなさそうだ。リチラトゥーラは静かに頷いた。
ジュードは彼女が大人しくすることを決めたのを確認すると、偽りであろう優しい微笑みを落として部屋を去って行った。
彼の目的とは、いったいなんなのだろう。
リチラトゥーラは考えながらも、自分の身よりも城内に残っているであろう父やロウのことを案じていた。
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