第13話

 ロウはすぐにベッドの上に手を触れた。

 人間の温かさは完全に消え、ただ冷たさだけがベッドに残っていた。


 城内に騒然と慌ただしい空気が纏い始める。従者であるロウを筆頭に近衛隊、メイド、番犬……国王までもがくまなく城内を探したが、一向にリチラトゥーラの姿が見つかる気配はない。次に庭園を。その次は城下町へと捜索の手を広げたが、それでも彼女が見つかることはなかった。


「……くそっ……! どうしてどこにもいないんだっ」


 ロウの苛立ちは募るばかりだ。だが、一番心を痛め動揺しているはずの国王はひとり冷静だった。

 こんなときだからこそ、彼は一国の王として立たなければならない。

 こんなときだからこそ、彼にはひとりの『父』として彼女を心配してほしかった。

 ひとりの人間として、ひとりの娘を持つ父として、ロウは国王にそうあってほしかった。せめて、今だけは——。


「……皆、少し休んだ後、また捜索に出てもらってもいいだろうか?」


 と国王が申し訳なさそうに言う。すると彼を慕う者たちが声を張った。


「当たり前です陛下!」

「絶対にリチラトゥーラさまを見つけ出します!」


 その言葉で、今の国王の心がどれだけ救われたか、きっと周りには計り知れないだろう。国王は小さく声を震わせて「ありがとう……」と呟いた。こういう、国王の人柄が、人徳が、ひとを集める。彼には国民の上に立つ素質が備わっているということを、この光景が物語っていた。ロウはそんな彼らの絆の関係性を黙りながら見つめていた。


 大雪はまだ止まない。


 きっと、この雪はリチラトゥーラが泣いて悲しんでいるから止まないのだと、ロウはそう思い心を痛めた。ふと、ロウはあることに気がついた。この場にいなければならない人物がひとり、見当たらないのだ。近くに立っていた近衛兵のひとりにロウは何気なく尋ねる。


「ジュードはどこだ」と。


 その近衛兵は「そういえば……」と始め、昨夜からその姿を見かけていないと疑念めいた表情をして言う。近くに立っていたもうひとりの近衛兵も「確かに。なんでも腹痛が酷いから先に休ませてもらう」と退出してから一度も見かけていないと証言した。


 瞬間、ロウの中でが腑に落ちた。


 しかし今のままでは確証が持てない。ロウはその答えを確実なものに変えるべく、リチラトゥーラの部屋へと急いだ。

 彼女の部屋の前へ辿り着くと勢いのままに扉を開け入室する。急に入室するといつもなら「まだ着替えてる途中よ、ロウ!」と自分を叱ってくれる甘い声が届くはずなのに、今は何も聞こえない。


 彼女がひとりいないだけで、こんなにもこの部屋は冷たく、広い。


 なんとか怒りに身を任せることを抑え、ロウは目を伏せて大きくその場で深呼吸をした。酸素がゆっくりと体内中に巡り切ったとき、それは彼の中で確信へと変わった。


「…………ジュードの、煙草の臭いだ」


 ロウはその答えを胸に踵を返した。

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