第12話

 メイドのひとりがリチラトゥーラに昼食の用意ができたと、廟の扉の近くにいたロウに告げに来た。ロウはそのことを国王へと伝えると彼女をメイドのもとへと受け渡し、見送った。

 ふとロウの視界に『祈りの廟』が入った。廟に刻まれた竜はどこかうれいているようで心が痛む。ロウは無意識のうちに『祈りの廟』へと引き込まれる。手を伸ばしその廟に触れる。冷たいはずの廟に温もりを感じた。


 


「……ロウ?」

「……! 国王陛下……」

「どうした、何か思うことでもあったのか?」

「いえ……。あ、リチ姫、行っちゃったんですよね。おれ、従者なのに近くにいないのってダメですよね。職務に戻ります」


 ロウがリチラトゥーラのもとへと向かおうと廟から離れたとき、再び国王がロウを呼び止めた。普段呼び止められることなどないために、自然と体が強張る。


「少し待て。お前に、聞きたいことがある」

「……なんでしょうか」

「最近、リチの様子はどうだ」

「……? ……変わらない、かと」


 どうしてそのようなのことを、わざわざ従者である自分に聞くのか。ロウは不思議に思う。彼女の変わらなさを一番理解しているのは、父親である国王だ。


「そうか……。それなら、いいんだが」


 その言い方にはがあった。ロウは怪訝そうな顔をしつつ国王を見つめた。国王にも何か思うことがあるようだ。ロウはその真意を静かに探る。


「……


 憤りくぐもった声が礼拝堂内を巡る。国王は、いつもとは違う雰囲気を纏わり始めたロウを見る。

 ロウの瞳は——淡いあか色を帯び始めていた。


「……ロウ……お前はいったい、なんだ?」


 国王のその一言にロウはハッとした。段々と瞳の紅みが落ち着いていく。彼はまるで先ほどまで自分自身に何が起きていたのかを理解できていないような表情をしていた。

「……失礼します……!」と怒りを堪えたような声音を発し、その場から逃げるようにしてロウは礼拝堂を退室した。


❅ ❅ ❅


 その日、近年稀にみる大雪がスニェークノーチ国を襲った。


❅ ❅ ❅


「————……リチ……?」


 その日、ロウはいつものようにリチラトゥーラを起こしに彼女の眠る子供部屋に向かった。大雪の降る音に怯えてはいないだろうかと内心、心配だった。

 彼女の母親であるイザベラーニャ妃は、今日のような大雪の日に亡くなった。その所為でこうした大雪の日は母のことを思い出すのか、少しだけ彼女の元気がなくなるのだ。ロウは、そんな元気のないリチラトゥーラの顔を見るのは嫌だった。


 二回ほど扉をノックし、リチラトゥーラが出てくるのを待つ。いつもであればまだ眠そうな声でゆっくりとその扉を開いてくれる……のだが。しん……と、何の音もしないことに疑問を持つ。


 少し、待つ。待つ。待つ……。


 しかし、待てども待てども、彼女が扉の前に現れる気配は一向に訪れない。

 もう一度、次は声を掛けながらノックをする。しかし、結果は先ほどと全くと言ってもいいほどに同じだった。


(嫌な予感がする)


 そう判断したロウは扉の鍵をぶち壊す勢いでそのまま肩をぶつけてじ開けた。『ドゴンッ!』という、雷が近くに落ちたような轟音が城内を駆け巡った。


「——⁉」


 強行突破した先には、もぬけの殻となったリチラトゥーラのベッドのみが無機質に置かれているだけであった。

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