第11話
『祈りの廟』——それは、このスニェークノーチ国の王家の歴史そのものを表す廟。春を告げる春竜の姿が施された廟前には沢山の冬の花が供えられており、国王が今まさに祈りを捧げていた。
「……お父さま?」
リチラトゥーラの声に国王が反応を示した。ゆっくりと国王が振り向く。国王は優しい目をして愛娘に微笑んだ。この時ばかりは国を担う王も、ただのひとりの父親だ。
「よく来たな、リチ。ロウも」
リチラトゥーラはロウから離れ、愛する父のもとへと駆けた。自分の胸に飛び込んだ娘を抱き締めるその姿は実に微笑ましい光景だった。
「お父さま! どうしましたの? リチたちに何かご用でしたか?」
「はは、こらリチ。父さまが愛しい娘に会うのに理由が必要かい?」
「いらないです!」
リチラトゥーラは大層嬉しそうに国王の頬に頬擦りをした。ロウはそんな微笑ましい光景を、扉の側に控えながら静かに眺めていた。しかし、彼の気は違う方向に向かっていた。
「……ねぇお父さま?」
「うん?」
「いつもこの春竜さまの前で何をお願いしているのですか?」
国王は可愛い愛娘の問いに、彼女の髪を梳きながら答える。
「あれは『お願い』ではなく、『お祈り』をしているんだよ、リチ」
「お祈り……?」
「ああ。……とても大昔のお話だから、実際に春竜さまがいたかどうかは父さまにも分からない。けれど、もし今もこの世界にいてくださったなら、私は先祖の非を春竜さまに謝らなければならないんだよ」
「……どうして? お父さまは春竜さまに何も悪いことをしていないわ? それなのに、謝りたいの?」
「そうだ。実際に私が悪いことをしたわけではないけれど、私たちのおじいさまやおばあさまがそうしてきたように、春竜さまに祈ることが大切なんだ」
そういうまっすぐな気持ちが、一番伝わるからね。
国王は少しだけ寂しそうな表情をしてリチラトゥーラの頬を撫でた。
もうすぐスニェークノーチ国では春竜を祀る『ヴェスナー祭』という祭典が国全土を挙げて行われる。いつか春竜が戻られたとき、心から春の訪れに感謝の意を込めてもてなしたい、という王家先祖の習わしをもとに作られた国の祝日だ。
この『ヴェスナー祭』は夕方になると国民が春竜が生きていたとされる西国に向かって祈りを捧げる。リチラトゥーラも幼いながらにこの習わしについて理解を示しており、父に
彼女はまだ十歳で、この国の成人年齢は二十歳。つまり成人には程遠い年齢なのである。だが、自分がこれから先、祈るものがどういうものなのか見つめ直すいい機会だと思った国王は彼女たちをこの『祈りの廟』に招いた。
「そうだったのですね……じゃあ、わたくしも春竜さまにお祈りする! この国に、もう春が来なくてもいいように!」
リチラトゥーラの言葉に、国王とその場に控えていたロウまでもが目を見張り驚いた。国王はすぐに表情を『父親』に戻し、リチラトゥーラに優しく問い掛ける。
「そう思ったのはどうしてかな? リチは春の花が見てみたいと、あんなに憧れていたじゃないか」
その問いにリチラトゥーラは笑顔で答える。
「だって、春竜さまが春をこの国にお届けくださるのでしょう? いつも春を届けに来てくださっていたのに、悪いひとがいじめたのでしょう? だったらもう春竜さまが痛い思いをしなくてもいいように、春を届けなくてもいいの。そこまでしてわたくしは春を見たいと思わないもの!」
少しだけ『春竜伝説』のフィクションの内容が入り混じっているように思えたが、それでもその答えこそ、彼女なりに精一杯考えた結果だった。国王はその考えをじっくりと噛み締めるようにして尊重しリチラトゥーラを優しく抱き締めた。
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