第6話

 昼食が終わると、今度は次の予定まで王宮教師によるレッスンが始まる。リチラトゥーラは割と勉強に対しての苦手意識は少なく、なんなら『知識欲の塊』と言っても過言ではないような子供であったので、気になったことは王宮教師になんでも質問していた。

 いつか、どうしてそんなに勉学に励むのかをロウは彼女に質問したことがあった。リチラトゥーラはその問いに対してこう答えた。


「お医者さまになりたいの」


 彼女の冬色の瞳はまっすぐ未来を向いていた。

 一国の姫が、医師になりたいという。隣国の王子との婚姻でもなく、世界を旅して他国との交流を深めたいでもなく、ただかの少女は医師となり、人々を救いたいと願う。我が身を賭して国民を救いたいと願う。守られるべき存在が、守りたいと言う。

 その姿はとても輝いていて、ロウは無性に泣きたくなったのを今でも憶えている。それは彼の記憶の底に眠る、魂に刻まれた『記憶』が彼の感情に作用してそう思わせたのかもしれない。

 リチラトゥーラが医師になりたいという夢を抱いているのは、恐らく病によって亡くなった母親の死が深く関係しているのだろう。


 古くよりこの国で流行している国指定の難病により彼女の母親は亡くなった。この病による死者は年々増加傾向にあり、いつ、誰が突然発症しても可笑しくない病だ。


 その病を根絶するために必要だとされているものが——『花鱗かりん』。


『花鱗』とは遥か昔、スニェークノーチ国に一時期だけ『春』という季節を運び届けに来国していた、伝説の竜が保有するという鱗の名称である。この鱗は薄紅色をしており、粉末状態にしたものが万能薬とされていた時代があった。しかし、その鱗を持つ竜は、ここ三百年ほどスニェークノーチ国に『春』を届けに訪れた記録がない。

 そもそも伝説の竜が持っているという遥か昔の童話が発端となり、あらゆる者たちがあの手この手で悪徳商法を行っていたので、噂だけが先行して『万能薬』という夢物語を見続けているだけなのかもしれない。

 果たして本当にその竜は存在するのか。そして、本当にそんな夢のような『万能薬』が存在したのだろうか。

 それは現代に生きるスニェークノーチ国の誰ひとり、知ることはない。竜は伝説として、語り継がれるのみなのである。

 ただひとり、リチラトゥーラだけはその夢物語を現実としたいと日々願い続けている。たとえ何者に馬鹿にされようが、笑われようが彼女には関係ない。その夢物語こそ、彼女の生きる理由なのだから。

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