第11話 僕はしおんと冒険する🌟





 大斧が、ライトに2回命中。

 僕は切り飛ばされて、近くの岩に叩きつけられた。ダメージは18点。一気に、体力の半分を持っていかれた。

 まさか。これ程の策を練り、全力を尽くしても倒せないなんて!


「その時です。ピンサローはプラチナの腕を掴み、肩に担ぎあげました。再び、プラチナがさらわれようとしています。ライト君はどうしますか?」


 淡々と、しおんはDMダンジョンマスターの仕事をこなす。だが、その声は何処が苦し気で、何か強い気持ちを押し殺しているようだった。


「『ライト。もう無理だよ。こうなったら奥の手を使おう』と、ヌルヌルが言います」

「でも、それだとプラチナが!」

「『私には……ライトの方が大事なんだから!』」


 ヌルヌルは叫び、「念動力サイコキネシス」の魔法を発動する。次の瞬間、ピンサローの巨体が、橋の真ん中まで弾き飛ばされる。


「や、やめるんだヌルヌル!」

「『ライト君、ゴメンね……』そう呟いて、ヌルヌルは導火線に火を点けました」


 そう。ライトは最後の切り札として、橋に爆薬を仕掛けておいたのだ。そして爆薬は、今まさに点火された。

 爆炎が、橋を包み込む!

 一瞬で、橋が崩落する。

 大鬼ピンサローはプラチナを抱えたまま、深い谷底へと落下していった。大鬼ピンサローが、あの程度の爆発や落下のダメージで死ぬとは思えない。プラチナも、また奪われてしまった。

 僕は、勝てなかった。


「くそおっ!」


 僕は思わず、テーブルを叩いた。その激しさに、しおんが驚いて固まってしまう。


「……ごめんなさい」


 ポツリと、しおんが言う。


「ううん。しおんのせいじゃないよ。僕が甘かったんだ」

「違う。私のせいなの」

「え……どういう事? しおんも頑張ったじゃないか」

「そうじゃない。そうじゃないの! 私は、DMダンジョンマスターとして、やってはいけない事をしてしまった。本当は、ピンサローはあんなに強くない。本来のステータスなら、あの戦闘で倒せていたの。でも、私が能力値を改変して、勝てないように細工してしまった。私はDM失格なの」


 しおんの目に、薄く涙が滲む。


「どうして? どうしてそんな事を?」

「だって、彦星ひこぼし君は『ピンサローと決着が付いたら、僕もやっと、一区切りがつけられる』って言ってたから。それって、ピンサローを倒したらゲームを卒業しちゃう。って事でしょ? そんなの嫌だ。私、ずっとずっと、彦星君と一緒にいたい。だから、だから……」


 ぶちまけて、しおんは泣き出してしまった。

 僕はしおんの言葉を聞いて、やっと、彼女の不可解な行動の理由に気が付いた。これまで、しおんが僕から逃げ回ったのも、ゲームを避けようとしたのも、僕とのゲームを終わらせたくなかったからなのか。

 そう考えたら、僕も、胸に強い気持ちが込み上げて来る。

 僕はしおんに手を伸ばし、そっと頭を撫でる。


「違うよしおん。それは逆だよ」

「……え?」

「僕が一区切りつくと言ったのは、ゲームを卒業するって事じゃない。そうじゃなくて、ピンサローに勝ったら、しおんに告白するつもりだったんだよね」

「え? それじゃ……その」

「僕はしおんが好きだ」

「あ、え、あ…………本当に?」

「本当に。でも、告白はお預けだね。ピンサローに勝てなかったから。また、次の機会に改めて言うことにするよ」


 僕は言い終える。しおんは顔を真っ赤にして固まっていた。眼が、挙動不審きょどうふしんに動き回っている。恥ずかしくて僕を見られないのか。

 面白いので、僕は上体を動かして、しおんの顔を覗き込んでみる。すると、しおんは余計に焦って顔を背けてしまう。


「もう。そんなに見ないで。恥ずかしい……でしょ」

「ごめん、ごめん」


 ポコりと、しおんが僕の胸を叩く。その手は、続けてポカポカと、僕の胸に当たる。


「馬鹿。馬鹿、馬鹿……」

「ごめん」

「私、本当は淋しかったんだから」

「うんうん。悪かったよ」

「凄く凄く、淋しかったんだから。もう、彦星君と遊べないって、悲しかったんだよ?」

「うん。もう大丈夫だよ。僕は何処にも行かないから」


 と、指先でしおんの涙を拭う。


「こ、告白……してくれる筈だったなんて」

「うん。いずれまた、ピンサローに挑戦しよう。勝ったら、その時は今度こそ!」


 僕の視線に、しおんはモジモジしながら顔を背けかける、が、次の瞬間、ピコリと、しおんの顔に閃きが浮かぶ。


「そ、その時です。突然、何者かが崖を這いあがって来ました。ピンサローです。ピンサローの鎧は砕け、体中、怪我と骨折だらけで瀕死です。ヒットポイントは1点です。倒すなら今です!」


 ふいに、しおんが言う。僕は思わず吹き出しそうになる。


「駄目だよ、しおん。DMの権限を私利私欲で使うのはナシだ。大丈夫。僕は何処にも行かないから。また、一緒にピンサローを倒そう」

「う……うん。ごめんね。じゃあ、ピンサローをやっつけたら」

「もう一度君に言うよ。好きだって」

「うん。約束……だよ?」


 こうして、僕等は指切りを交わした。


 ⚅⚅⚅


 それからも、二人の冒険は続いた。

 僕としおんは異世界の大海を渡り、山河を行き、釣りや魔法の祝祭を楽しんだ。たまに魔物と戦って、魔法の装備を手に入れたりもする。しおんは、ゲームでは相変わらず男の娘になりきって僕をドギマギさせる。けど、それにもだいぶ慣れてきた。

 時には休み時間の教室、時には僕の自宅の部屋、そしてしおんの部屋。それは、僕等にとって異世界への入り口だ。この公園のテーブルも、相変わらず、僕としおんのお気に入りの場所だ。少しぐらい殺風景でも構わない。

 だって、僕等には魔法があるのだから。


 すうっと、しおんが息を吸う。


「想像して。ここは10月の公園ではない。辺りは静かな森林で、心地よい木漏れ日が降り注いでいる。何処からかパンを焼く匂いがして、彦星ひこぼし君はお腹が空いている。鳥の羽音に、木の葉が揺れる音。落ち葉が、貴方の頬に触れる。どう? 感じてみて……」


 しおんは今日も、僕に柔らかな魔法をかけた。










               おしまい。




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放課後、僕はしおんと幻想世界の旅をする 真田宗治 @bokusatukun

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