屋上で


 屋上への廊下を歩く。


 俺、七瀬さん、氷室さん、という配置だが、それでも美少女二人にモブ男一人というパーティなので、嫉妬、羨望、色んな視線で居心地が悪い。


「氷室さんと刈谷くんってどういう関係?」


「昨日、知り合いの美容院の手伝いをしてたら、そこに氷室さんが来たんだよ。そんで、髪の手入れとか、メイクもしてもらってたから、それも教えて欲しいって今日の昼一緒する約束してたんだよ。ね? 氷室さん?」


「え、うん」


 咄嗟に浮かんだ話で誤魔化しにかかるが、内心は冷や冷やだ。


 どうして、七瀬さんは俺たちに近づいてきたのか。


 お洒落に関係してるから、くるみだと疑っているのか?


 くるみが同じ学校にいると仮定しているのなら、ありえない話ではない。


 もしバレたらどうなる? 


 ただでさえヤバイから、俺はブロックで逃げ……そう、ブロック……。


 知られれば、どんな罰が与えられるだろう?


 もし、拘束、監禁されたとする。その場合、誰が、七瀬陽南乃という明るい美少女を疑うだろうか? 誰が疑えるというのか? 救われる可能性は何%あるだろうか? そもそも拘束、監禁、程度で済むだろうか?


 もっと激しく、それこそ精気を吸い取られるような……考えないようにしよう。


 バレないようにだけ気をつけ、余計なことは気にしないことに決める。


「へえそうなんだ! 今度私も教えて欲しいなぁ!」


「うん、機会があれば」


「それ絶対ないやつだよね?」


 七瀬さんは、じと〜、とこっちを見てきた。それを見て氷室さんが笑う。


 いつもなら、七瀬さんは「ちょ、それないやつじゃん!」と言って、弱い立場のツッコミを入れる。だけど、今回は強い立場のツッコミを使った。


 その理由は簡単、七瀬さんに遠慮しがちな氷室さんには、そっちの方が受けるからだ。自分をターゲットにするより、付き合いのある俺をターゲットにした方がいいのだ。


「あははは! ってか、氷室さんと刈谷くんは、どんな会話するん?」


 軽く振ったその言葉。それも、俺と七瀬さんの間のノリを理解して合わせるためだろう。


 さっきも今も考えてしているわけではなく、七瀬陽南乃は感覚でしている、と感じる。


 やはり、七瀬陽南乃のコミュ力の高さには感服させられる。


 そして、オフ会でのことは間違えだったんだ、と気が緩みそうになったので、引き締めた。


「普通の会話しかしないよ」


「うん、裸見せてって言われたけど」


「うわ〜、引くわ〜」


 お前がそれを言うの? とは思ったけど、場に合わせて適当に返す。


 会話しながら、屋上に出ると、わあ!っと氷室さんが声を上げた。


「屋上! 屋上だぁ!」


「やばい! やばい! 屋上だ!」


「すごい……これが、屋上!?」


 と、俺と七瀬さんが、氷室さんをいじると、もう! と怒られた。


「仕方ないでしょ、私、初めてきたんだから。青い空、白い入道雲、最高!」


「タイルの匂いが焦げ臭〜い」


「夜には自殺者の幽霊が出るらしいよ」


 またいじると、もう! と怒られた。


「水差されちゃったけど、気を取り直して、お弁当食べよう。絶対おいしいじゃん、まだ誰もいないし」


 今度は七瀬さんも、そうだね! と賛同して、ちゃちゃっとベンチに座り、手早く膝の上に弁当を置いた。


「ほれ、氷室さん、隣、隣」


 ベンチは二人がけが二つ並んでいる。位置取りに気を遣わせないようにする配慮は、流石だと思う。


 二人並んで座ると、俺は二人がけを一人で座った。


「はいはい、手ぇあわせて!」


 七瀬さんに促されて手を合わせる。


「いただきま……はい! 氷室さん!」


「え? す?」


 違う違う、と七瀬さんは首を振る。


「いただき、ま〜?」


 ま、から始まる単語が欲しいのだろう。あわよくば、一ギャグ。


 ダル乗りだけれど、やるか! っていう旨を突っ込めばそれだけで、一笑いになるし、話を広げられるし、氷室さんがどういうタイプなのかも掴むことができる。


 さっきといい、今といい、何で、何で、こんな子が、あんなに闇が深いんだよ……。


「ま……ってそういうこと!?」


 頷くと、氷室さんはあわあわしだした。


「えと、えと、えっとー、いただきマールボロ。すぱ〜」


 タバコを吸う真似をした氷室さんが愛らしすぎて、キュンキュンくる。


「カワイイー! お弁当なかったら抱きついてた!」


「も、もう、意地悪ばっか言わないでよ! 七瀬さん、酷い!」


 そういう氷室さんだけど、満更でもない顔をしている。


 鬱陶しいとか、そういった悪感情を抱けないのは、七瀬陽南乃の明るさのせいでもあるだろう。本当に何で闇が……。


「あはは! ご飯食べようよ、ご飯!」


「あ、そうだね!」


氷室さんと七瀬さんはお弁当を開けて食べ始めた。


「う〜ん! 自分で作った飯が贔屓目入って一番うまい!」


「え、それ自分で作ったの!?」


「そうよ? 凄い? 食べる?」


「おかず交換! 夢だぁ〜!」


「俺も貰っていい?」


なんて和やかに昼食を取っている最中、氷室さんが爆弾を投げ込んだ。


「そろそろ聞いてもいい? どうして七瀬さんが私たちとお昼共にしたかったか?」


 ヒヤリとして七瀬さんを見ると、目が妖しく光っている。だが瞬きをすると元の可愛い目だった。


「それはね、二人とじゃなくて、二人に興味があったからだよ!」


 七瀬さんがそう言った時、屋上の扉が開く。


「おっ、こんなところにいたか。ずいぶん探し回ったぜ、まったく勘弁してくれ、やれやれ」


 声をかけてきたの方を見ると、そこには龍ヶ崎がいた。


「……圭介、何で?」


 と呟いた氷室さんの手は震えていた。


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