氷室さん、モヤつく


 休み時間、呼び出した図書室の隅で、俺と氷室さんは会話していた。


「ありがとう、刈谷くん! 私、こんなに同級生と話せる日がくるとは思わなかった! 多分、来世の分まで話しちゃった気がするよ!」


「いや、それは言い過ぎ。それだと来世から話せないどころか、産声あげずに肺呼吸する赤ちゃんになっちゃうよ」


「何それ、よくわかんなーい!」


 と浮かれる氷室さん。少々浮かれすぎてはいませんでしょうか、とは思う。けれど、つい数日前に自殺しようとしていた少女が嬉しそうなのを見て、泣きそうにもなる。


「あれ、どうして刈谷くん、泣いているの?」


「ぐすっ、泣いてない。でも、あんな辛そうだった氷室さんが嬉しそうだから嬉しいだけ」


 そう言うと、浮かれていた氷室さんの顔から笑みが抜けた。徐々に顔が赤みをましていく。


「どうじだの?」


 氷室さんは首をぶんぶんと振って、笑顔をみせた。


「ううん、何でもない。ありがとう、本当にありがとう刈谷くん。私のことで泣いてくれて、私のことで喜んでくれて……」


 また顔が赤くなってぶんぶんと氷室さんは首を振ったが、顔の赤みはとれていなかった。


 感動しているせいで、氷室さんの行動の意図を考える余裕がなく、ただ呆然とする。


「あ、えーとさ、刈谷くん。皆、人と仲良くなるのに、こんな頑張ってるものなの?」


 急な話題の変更。何となく意識を別に向けたいような、そんな意図が感じられた。


 俺も感動モードから抜けたいので、氷室さんの話題に乗る。


「流石にこんなには頑張らないけど、多かれ少なかれ努力してるよ」


 そうだな、と俺は続ける。


「成績にも何にもならない小テスト。だけどあれば、勉強するよね?」


「うん、何となく、しなきゃってやるかな」


「そうそう、その感覚。何となくしなきゃって、思いでやる努力。けど、見る人によっちゃ、くだらない努力。そんな努力を人は多かれ少なかれしてるよ」


「そっか。私、してこなかったかも」


 そう言う、氷室さんに呆れる。


「何言ってんの。龍ヶ崎相手に散々してきたんじゃないの?」


「あはは。そうかも。圭介は全くしてくれなかったけど」


 自殺するくらいに悩んでいたことが今は笑えている。だけど、自殺を考えるくらいのことだ。そう簡単には振り切れない。本当にキラキラの青春を送れるまでは安心できないだろう。


「それで、刈谷くん。どうして、図書室に呼び出したのかな?」


 そうだ。忘れていた。


 どうしても伝えなければいけないことを伝えるため、人に囲まれて幸せそうな氷室さんを呼び出したのだ。


「あのさ、言い忘れてたけど、俺が何でも屋で、氷室さんと依頼主という関係、それにまつわる話、例えば、俺が美容院に連れて行ったとかは、人に言わないで欲しいんだ」


 そう言うと、氷室さんは寂しそうな顔をした。


「不満かもしれないけど、飲んで欲しい。内密にことを運べ、っていうのが刈谷の教訓の1つなんだ。そうしないと依頼の達成率がすこぶる下がるから」


「そういうことじゃなくて……あのさ」


 氷室さんは寂しげな笑みを見せる。


「私と刈谷くんの関係って、それだけ……なのかな?」


「それだけ」


「酷い! もう友達だ、ってニヤニヤしてたの、私だけ!?」


「ニヤニヤはしてないし、しない。でも……友達、か?」


 本当に依頼主という意識が大きかったので、そんな感想になる。


「う、うぅ。じゃあ、お願いします。友達になってくれませんか?」


「え、別にいいよ」


「いいんかい!! うぅ……」


 潤んだ目でじとっと見てくる氷室さんは物凄く可愛い。


 氷室さんは可愛いから、友達になると目立つだろうけど、一度きりの何でも屋だから関係ないか。


「友達としてもよろしくね、氷室さん」


「はい! ……はい。 はい?」


 氷室さんは首を傾げて胸をおさえた。


「どうしたの?」


「何かモヤっと……いや何でもない。でもそっか、良かった。友達が出来たら私したいことがあるんだ」


「それは?」


「屋上でご飯食べてみたいんだ!」


 輝いた目で可愛いことを言う。


「キラキラの青春の第一歩だね」


 そう言うと、氷室さんは強く頷いた。



 ***


 昼休み開始の鐘が鳴ると、俺は立ち上がり氷室さんに声をかけた。


「氷室さん、一緒に昼飯食べようよ」


「うん!」


 そんな言葉は周囲の視線を集め、クラスをざわつかせる。二人歩き始めると、さらに視線を集め、ざわつかせる事態が起きた。


「刈谷くん、氷室さん、私もご一緒してもいい!?」


 向けられたのは、青い空が広がる屋上が世界一似合う美少女の笑顔。


「七瀬さん!?」


 氷室さんも俺も、大きく目を見開いた。

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