第27話 虚偽の幸せ

自分の足が動いている。街の風景がどんどんと後ろへと抜けていく。

今どこを走っているか分からないが、隣には部活の仲間たちがいる。ラントレ中に考え事をし過ぎるのは僕の悪い癖だ。

キツイくて、大嫌いなはずの練習が今日はなぜか楽しくて仕方がない。体中に爽快感が駆け巡り、気分の高揚が止まらない。なんとなく今を幸せだと思う。

調子がいいとはこういう事なのか、全く疲れを感じない。パワードスーツでも着ているのか、なんだか自分の体じゃないみたいだ。


息すら上がっていないのに、足が止まった。いつも通り優しい藤井先輩がこちらに駆け寄ってくる。

「啓、どうしたんだ? 足でも挫いたか?」

「いや、そういう訳じゃないんですけど、なんか急に止まりたくなって」

脚が止まったのか、止まりたくなったのか分からないが、この道を進んでいいのかと頭が問いかけてきた。

「大丈夫か? このままじゃ遅れるぞ、早くいかないとあの顧問のクソジジイにキレられるから早くいこうぜ」

優しく背中を叩かれる、確かにこのままじゃ顧問に怒られてしまう、それにこれ以上は先輩にも迷惑だ。急に重たくなった足を無理やり前へ動かしだす。


一度動かすとやはり調子がいいのか足が軽い。自分でもいつもよりスピードが出ていることが理解できる。先輩と共に直ぐに他のメンバーに追いつくことが出来た。


本当に今はどこを走っているんだったっけ、見たことないようなコースな気がする。やはり走るのは楽しい。毎日している基礎練習だが、なぜか今日は久々にやった気がした。


やはり楽しい。ただ走っているだけで何が楽しいのか自分でも分からない。それこそ僕は陸上競技などが嫌いで陸上部員は全員変態のドMと思っているタイプだ。そう思っていたはずなのに、今日は走ることが楽しくて仕方がない。


僕は間違いなく幸せだ。ずっと今が続けばいいのに。


そうして再び足が止まった。


「啓、今日は本当にどうしたんだ?」

またしても集団の中から抜けた僕に先輩が話しかけてくる。


「先輩、俺今怖いくらい幸せなんですよ」

「そうか、それは良かったな?」

不思議な顔をしている。そりゃそうだ、後輩が急にそんな事を言い始めたら、藤井先輩でなくてもそんな顔をするだろう。

でも、もうあなたはそんな顔をしなくていいんだ。だって、それはあなたの本心じゃない。僕が作り出した幻影だ。


「気がついちゃったんですよ、今が夢だって」

今見ている場所の色が薄い、訳の分からない事ばかり考える、体が疲れない。そして足が動いて幸せ。違和感がありすぎる。

怪我をしてからもう三か月、たまにこんな夢を見る。

夢の終わりはいつだって同じで、少しの楽しさと激しいの寂しさを感じさせられる。

誰かと会話して立ち止まって終わるんだ。


先輩の返答のない悲しい顔が、僕を現実へと見送った。

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