第6話 恋い焦がれた悪者との邂逅

 人は皆、が好きなのではないだろうか。魔法に対しての言葉もそうだ。私も、悪い筈のオスや交尾に興味がある。ルルゥの話を聞いていると、そう感じたんだ。幼い頃に恋心を抱いたのは、男性の教師だったとか。法を犯すような悪いことだけれど、それに憧れる。夜更しをしたり、葉巻を吸ったり、禁じられている場所へ入ったり。


「侵入者」

「そうよ。この巨大森のコミュニティ創設以来、初めての暴挙。男が、勝手に入ってきたの。しかもニンゲン」


 森は厳戒態勢になった。警備の魔法兵が慌ただしく動員され、侵入者の大捜索が始まった。


「大丈夫よ。すぐ捕まえる。それに、ここは一番安全だから。さあ、窓を閉めて。今日は早めに寝てしまいましょうね。エルル」


 母が私を名前で呼ぶ時は。

 彼女の、歪んだ信念が出てくる時だ。


 私が何度も空想した、ニンゲンのオスが。

 この巨大森にやってきている。何故? どうして? どのようにして? 魔法も使えないのに。






◇◇◇






 結局、夜になっても見付からず。厳戒態勢のまま、私は就寝に付いた。教師から教わった、寝ながら周囲を警戒する風の魔法で結界を張って。


「ここか。いやあ、流石良い家に住んでんだなあ」

「誰?」


 耳を疑った。声が変だったからだ。

 野太い……低い。強そうで、硬そうな声。初めて聞いた。何かの病気かと疑った。だって鳥も狐も、鳴き声はオスメス変わらないからだ。


「あなたが、?」

「――ああ。初めて見るか?」


 月明かりに照らされて。逆光でよく見えない。窓に足を掛けて、彼は座っていた。


 私に会いに来た――いや。私を見に来たのだ。


 女の園で生まれ育ったが、どんな奴かと。

 知識欲と探求心に負けて、法を犯してここまで来たのだ。


 は。


「どうして、私の結界をすり抜けたの? 誰かが近付いたらすぐに分かるのに」

「んん。そういう道具があるんだよ。だからここの魔法兵にも見付からねえ。……って、全然ビビらねえのな」


 声に驚いた。次に、。臭かった。汗と泥と……何かのにおい。男は、皆臭いのだろうか。

 次に、色。黒い。髪も瞳も。肌は明るいけれど、泥や煤で汚れていて黒い。寝癖かと思うくらいにあちらこちらへ向いた髪は、手入れもされていないように見える。

 そして、体格。大きい。森で一番背の高いメイドより大きい。そして太い。腕は私の胴体くらい太い。

 汚い。汚れている。泥に埃に枝に葉に。一日中、森を駆け巡って逃げ回っていたのだろう。汗臭いのは当然かもしれない。


 革製のベスト。下の茶色の穿き物は……何製かは分からない。帽子もが大きく変な形。靴も革だ。大きくてゴツゴツしている。悪路も平気で進めそうな旅の靴。


 最後に、不敵な笑み。森中から狙われていて、私が叫べばもう捕まるのに。それを分かっていて意に介さないような、余裕の表情。


「男……男性を見るの初めて」

「そうだろうな。もっと知りたいか? 見るか? 身体の隅々まで」

「うん。知りたい。あと交尾も」

「は? ……姫さん、そういやいくつだ?」

「年齢? 11」


 叫ばない。私はこの好機を無駄にしたくない。母には怒られるだろう。だが、止まらない。

 知識欲と探求心は。


「うーん……。こりゃ俺の手に負えねえかもな。現代フェミニズムの頂点のひとり娘が、警戒心ゼロで、好奇心があって、知識が無くて。そんで意外となのかよ」

「まとも? 私が?」


 この男は悪い。それは確定している。主義や信念はどうあれ、人の決めた法律で、ここへ男性は入ってはいけないのだから。


 けれど。

 11になったばかりの私にとって、刺激が強すぎて。

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