第5話 差別的な社会の愚かな姫
巨大森の社会には、差別的な構造があった。
生まれながらの女性しか入れない。どういうことかというと、オスに産まれたけれど、後天的にメスになった人が、この世界には居るらしい。そういう人も弾いて、生まれながらに身体と精神が女性である人のみが、この区画に入ることを許される。
エルフの国だと思っていたが、降りてみれば実際は違った。確かにエルフが人口の8割を占めているが、ドワーフやビーストマンなど、他の人種も暮らしていた。けれどニンゲンは居なかった。
「ねえルルゥ」
「……はい。姫様」
この巨大森の社会は、私が生まれる前。女王である母が同志を集めて作ったものだ。つまり、大人達は全員、外の世界から来た、ということになる。
けれど、なのにこのルルゥが特別そう呼ばれることにも、意味がある。あの日以来、なんとなく私を避けるようになったルルゥ。私が廊下で呼び止めるとぴくりと反応――魔力が揺らいで――無意識に間を置いて振り返る。
「もっと聞かせて欲しいの。外の世界のこと。…………普通のこと」
「姫様っ……」
私は愚者だ。そう思う根拠がある。
賢い子に育てと、母は言う。だが、どのような子が賢いのか、教えてはくれなかった。何が賢いのか、私には分からなかった。
けれど、いつの間にか、察しが付くようになった。
賢いとは、親の言うことを聞き、信じ込み、疑わず、言う通りにして育つことだと。母の言う言葉を繰り返せば褒めてくれた。それがどんなに、周囲から見て差別的であろうと。
私は疑う。本当かどうか分からないことを信じ込んだりしない。できない。だから愚者だ。母さえ疑う、不孝者。
けれど、止まらない。止まれないんだ。知りたい。世界の全てを。外の世界を。母の言う色んな人達を。
オスを。ニンゲンを。
本当にそうなのか確かめたい。全員がそうなのだろうか。
……察しが付いている。この巨大森の外の世界こそが。
普通の世界なんじゃないだろうか。だって。
あのクレイドリを見てそう思うんだ。春になった。雛は元気よく育っている。この、女性しか入れないエルフの国に。オスのクレイドリが子育てをしている。あれが自然界の普通だと思うのだ。鳥だけではない。虫も、魚も、狐も、つがいで居る。
なら私にだって、いつか。つがいができてもおかしくないだろう。会いに行きたいのだ。オスに。
「ルルゥが、悪うございました。お許しください。こんなこと、女王様に見付かれば私は……っ」
「お部屋に入って。怯えないで。話を聞きたいだけ。だって母様のお話と違うんだもん」
「ですから。駄目なのです」
「ううん。違うから聞きたいの。どっちの話も聞いて、どっちが本当かを、大人になって外の世界へ出て、確かめたいの」
「姫様……っ」
ルルゥに教わらずとも。私はいずれ、オスの存在に気付いていた筈だ。当然の疑問だからだ。エルフも生き物なら、どうやって生まれるのか。質問しない筈が無い。
「エルフの交尾って、どうやるの? 私はいずれオスに出会うんだから、知っておかないと」
「お許しください。姫様……っ」
聞き出す。必ず。
この知識欲と探求心は、抑えが効かない。
何故、母も、大人達も経験した筈の交尾を教えて貰えないのか。生き物の目的が繁栄ならば、食糧と安全の確保と同じように、子に必ず教えなければならない事項の筈だ。何故なら、それらは共通して、知らなければ種が滅びるからだ。
それを拒否するこの社会は、やはり歪んでいるのではないだろうか。
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