コンビニにいた異性の友達は芸人である


「おーい柳楽さんや、お家はこちらですよルックルック」


 背中に不満気オーラを背負いながら、美咲花みさかはお家には素直に帰らず、玄関からブロック塀に添って直角に曲がっていた。


「コンビニに飲み物買ってから帰る、もちろんあんたは着いて来なくていいから、お家にUターンしなさいよね」


 はあ、つまりは私めに送られるの癪だからすぐ近くのコンビニさんに行くことにしたから着いてくんなよというそのままなご意見ですね。はい、わかりました。


「ちょっと、着いて来なくていいって言ったでしょっ」

「そんなわけにはいくかよ。近いと言ってもすっかり夜なんだぞ、女の子をひとりで歩かせるわけねえだろう」


 うちの太郎と英子にもなに言われるかわかんないからねっ。という言葉は余計なんで空気と一緒に呑み込むとして、本音を言っても女の子の夜中の独り歩きは危ないと判断したまでです。


「……ふん、好きにすれば。こっちはあんたなんてふわっふわな空気と思って無視するんだから」


 はい「ふん」いただきました。もちろん、好きにさせていただきます。私めは空気、ふわっふわなエアー。さぁ、コンビニにささっとレッツゴー。


「ちょっと、わたしより先に歩いてんじゃないわよ」


 あ、すんません。というか、私めは空気だった筈では?





 *




 俺たちの家からコンビニまではそんなに遠くはない。すぐそばの坂を下ればもう目の前、みんな大好きセブンイレブンいい気分のご登場だ。家の近くという事もあり、学校帰りや小腹の空いた夜中などにも重宝している。ありがとうセブンイレブン、我らがご近所憩いの場。


「あれぇ、ミサちゃんゴアちゃんじゃん?」


 そんな憩いの場から軽い調子の低音を響かせ、ダボついた灰色パーカーを着たラフスタイル女子が現れた。それは俺たちにとってはこんな夜に出会うとは思わないかなり意外な人物でちょっと驚きだ、俺はどこぞのお笑いコンビのような呼ばれ方だなどと思いながらおいっすと今は亡き偉大なお笑いの大御所のように片手を上げ、美咲花は何故かアワワと古典アニメの萌キャラのようにキョドっていた。


「違うから、こいつが勝手についてきただけなんだから、勘違いしないでよね」


 いやぁ、本当にそうなんですけども、そこまで否定しなくてもよくね? キズついちゃいますよアタイだって。てか、私めはしつこいようですが今は空気な筈では?


「ほほぅ〜ん、そこまで言われると逆に怪しく思うのが人のさがよなぁ?」


 当の何故か弁解されてる女子御本人はダボついた灰色パーカーを萌え袖にしてムフッとしたアヒル口な笑いを魅せていた。あ、これ僕知ってる、からかい上手な笑いだ。


「しぃろぅぼうおぉ〜」


 美咲花がうらめしげな声と眼鏡越しの低視力視線ていしりょくビームで睨みながら女子の名を呼んだ。随分と爆発男ボンバーメンな名前だがもちろん本名ではなくあだ名である。


「そんな可愛い顔で睨むなってぇ、わかってっからぁ、この「下城したしろボウシ」さんをそれ以上惚れさせんなよミサちゃあん」


 此奴は自らを独特なイントネーションで「ボウシさん」と呼ぶ「帽子」ではない、本名はひらがな三つで「ぼうし」だ。ちなみに普通にアタシとも言うが使い分けはよくわからん彼女の名は「下城したしろ ぼうし」俺と美咲花とは同級生でありクラスもお隣のA組、そして我々共通の友人である。あだ名は「しろぼう」「ボウちゃん」と色々だ。俺は無難に下城と呼んでるけどね。


「というか、下城こそなにやってんの? 家はここらへんじゃなかっただろう」


 指摘されて下城は萌え袖から指を一本生やして「説明しよう」と言いそうなポーズで応える。


「いやぁ、なんか夜中に散歩したくなる時ってあるじゃん。それがボウシさんの中では今日であったわけよ。んで、結構調子こいて歩き過ぎたら、疲れちゃってさ、飲み物ほしいよなって思ったら、お、コンビニあんじゃあん。よーし、なんか買って帰っかなぁ。で、買い物すまして外まで出てきたらお二人さんを見つけて今にいたるってわけなんだわ」


 言いながら片手のレジ袋をガササと揺らして前に出す。まぁ、夜中に散歩したくなるかどうかは置いておいて、歩きすぎてここまで来たという理由はわかりました、はい。え、ていうか君が住んでるのって光櫛浜ひかりくしはま方面ではなかったっけ。何キロ散歩しにきてんの。


「それより、なに買ったの? お菓子?」


 俺の心の中のツッコミはツユとも知らず、美咲花が下城の買ったものに興味を持ったようでレジ袋の中身を覗こうとする。下城は頷いてからガサゴソとレジ袋の中身を見せてくれた。中身は午後の紅茶レモンティーとカップヌードル(レギュラー)、キャラメルコーンだった。


「なんだ、夜食とおやつを買ったんだ?」

「いやいや、おやつじゃなくてどっちも夜食だよ? ヌードルにキャラメルコーンぶち込んで食う予定」

「「はい????」」


 なんだろう、聞き捨てならぬ事を口走る下城に俺と美咲花は「?」いっぱいな顔でハモってしまった。それが面白かったのか下城は肩口に揃えたミディアムヘアを揺らして「あっはははっ」と豪快に笑ってから再び説明をした。


「いやさぁ、買い物してたら、急にこの前読んだコールドスリープから目覚めた戦前将校教師の不良更生漫画の一ページを思い出してさぁ。ヌードルにキャラメルコーン入れると天かすみたいで美味いてやつがあったから試したろうと思ったわけ」

「「いやそれ絶対美味しくなさそう」」


 またもハモってしまったがこのさいそんな事は俺も美咲花もどうでもいい。この友人、ちょっとおかしな事を言ってますて共通認識で止めようと思いました。てかなにその設定モリモリな漫画は面白そうじゃねえか。


「おぉいなんだよう、試す前からの決めつけはよくねえぞ。美味いかも知んないでしょ?」


 だが、この友人「俺は止まんねえからよ」精神で聞く耳持たずなご様子ですわ。これは止められないと感じた我々は仕方がない、諦めて見える地雷に見送るとしようと思いました。


「下城、おまえの事は忘れねえからな。骨は拾えるかわからねぇが、アバヨ」

「おぉい、勝手に殺すんじゃねえぞぅ。見てなぁ無事に生還して明日学校で食レポを魅惑的な感想で教えてやっからなあ」

「いや、そこまでムキになるもんでもないでしょうが」


 俺と下城の友情コントに美咲花の乾いた視線を向けられて、下城は変わらずの豪快笑いで返し、ジッと美咲花の顔を見つめる。


「で、本当のところはこんな夜中にお二人さんでどうしたのよ?」


 ひとしきり笑った下城は急に落ち着いた顔をして俺と美咲花の顔を交互に見た。美咲花はどうも俺と変な誤解をされるのが嫌なようなので正直に説明してやる。


「別に大したことじゃない。うちの呑兵衛共の酒盛りがいやになってきたんでお家に帰るときかないこちらの姫が急にコンビニに行くと駄々をこねるのでボディガードとして私めがついてきただけですじゃ」


 何やら、隣でギロォとした視線ビームが発射されているが気にしてたら幼馴染みやってらんない。ほらほら、しろぼうもなんか納得した顔してくれたからいいじゃないですか柳楽さん。


「あっはははっ、たしかに確かに、酒飲めない高校生には酔っぱらいの席ほどつまんねぇもんはないわな。美味しいおつまみだって飽きてきちゃうもんね。おし、だったらこっちも大人に負けずにこのキャラメルコーンで酒盛りと洒落込もう。もちろんお酒はNGでな」

「まぁそりゃわたし達高校生なんだからお酒なんて飲んじゃいけないけど。それよりそのキャラメルコーンはラーメンのトッピングにするんじゃなかったの?」

「おぉい、そんなみみっちい事このボウシさんが言うはずねえだろ。好奇心のトッピングより友情の酒盛りだぜッ。おい、好きな飲み物買ってきな、夜中の高校生らしく見せ前でバリボリしようや」

「さすがに他のお客さんにも迷惑だからもうちょい離れた所で食べましょうよ。まぁ、元々飲み物を買いに来たんだから買いには行くけど」

「あのぉ、その酒盛りは私めも参加してよろしいのでしょうか?」

「なんでわたしの目を見て言ってんのよ。しろぼうはあんたも誘ってんだから好きにすればいいじゃない。わたしはあんたの事なんか空気と思うから気にもしないわ」

「へいへい、了解しました」

「あっはははっ、んじゃ待ってから」


 こうして、俺たちはコンビニから少し離れた場所で小さな酒盛りを開いた。と言っても地味にボリボリ食ってチビチビ飲んでヤイヤイくだらない話をする実に高校生らしい酒盛りであったが。いやぁ、しかし、これが芸人な友だちとは言っても女子からの奢り、本人曰く冷戦状態なツンツン幼馴染みと言っても可愛い女子を両手にお花。端から見れば俺は羨ましいリア充だったかも知れない。まぁ、そんな色気のある関係性でもないんだけどね。本当に二人ともただの友だちだもん。


 ちなみに、キャラメルコーンはローストピーナッツも合わさり甘じょっぱくて美味しかったです。

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