13話-嘆きの剣と鎮魂歌(1/3)

意図せずに発生する魔剣がある。

嫉妬に狂い、恋人を殺し、自らこの世を断ったナイフ。

強い負の感情に晒され、使用者と被害者の魂がこびりついたそれは、持つものを狂気へと駆り立てる。

それを制御することが出来れば他を凌駕する切れ味が手に入るという。


目の前には討伐されたゴブリンの所持していた短剣がある。

冒険者が持ち込み鉄屑と同じ金額の二束三文で買い叩いた品だ。

造りは悪くないが錆と刃こぼれでまともに切ることは出来ないだろう。

仮に売るにしても整備に時間がかかる以上は値を付けることが出来ない。

どこに持ち込んでも同じことだ。


そしてそのまま売ることも無い。


ゴブリンに冶金技術はない。つまりはヒトから奪ったものだ。

魔物が武器だけ盗むということはありえず、命も奪われていることだろう。尊厳と共に。

犯され、壊され、食われた魂の最後の叫びの記憶が短剣に残っている。

発狂しているならまだマシだ。意識を残したそれは恨み辛み憎しみ悲しみあらゆる負の感情を伝えてくる。

魂とは精神である。その強い発露は同じく精神体である精霊のそれに似ている。

精霊と会話が出来るということはこの嘆きも聞こえるのだ。

未来ある若者の死の淵の叫びが。

それはゴブリンの手によって死を積み上げることにより更に濃くなっていく。

だがそれは珍しい事ではない。ありふれた出来事である。


短剣を手に取りカウンター裏に置いてある大樽へ仕舞う。

数か月の間に回収した魔物の所持していた武器を入れていただけだがもう満杯になってしまっていた。

つまりそれだけの数の人が死んだということだ。10や20ではない。100に届くだろうか?大半は駆け出しの冒険者だろう。

名も知らぬ者たちの遺品である。

樽の中には聖水で満たされていたはずだが今やどす黒いヘドロのように濁り中身は見えなくなってしまっている。多くの嘆きに触れてしまったからだろう。


そろそろなのだろう。丁度今日は満月だ。

樽を見つめ考え込んでいた僕を、何時もと違い仕事をサボるなと怒りもせずにドミニクが声をかけてくる。


「エル、今日はもう上がっていいぞ。今日ソレやるんだろ?準備があるだろうしな」


「おや、いいんですか?それは有難いですけども」


「そりゃ構わんさ。本来はそんなことは教会にでも任せるべきだろうが今の司祭様じゃ厳しいだろうからな。むしろ俺らが頼む立場だろうに」


コレも持っていけとまだ封も切っていない酒も渡してくる。ドワーフが愛してやまない酒をだ。今日はもう閉店だと早い時間にもかかわらず店じまいを始めてしまう。


「ありがとうございます。皆喜んでくれると思います」


礼を告げてから樽に封をし魔法をかける。


『樽よ。足を生やし、ついてこい』


材木に植物の成長をさせる魔法をかけ自ら歩かせる。

よくやっていることなので通行人も特に気にした様子もない。

自宅に寄り、男神子の衣装へ着替える。上は白の白衣、下は濃い緑の袴の和装姿だ。

エルフに伝わる伝統衣装の一つである。


そのまま樽を従え、街の外の小高い丘に登る。

街からそこまで離れていない。精々が一キロ程度だろう。

このくらいの距離の魔物は狩りつくされていて安全である。

もしも遭遇したところでどうとでも出来るだろうが。


日が落ち月の輝く時間になっている。

今日は満月。全てを包み込む優しさを青く輝く光に込め地上に降り注ぐ。


丘には巨木が一本生えているのみ。他には背の低い草花が覆い茂り、風で揺られた草木のざわめきしか聞こえない。

この近隣では山脈を除き一番月に近い場所だ。。

故に月の力を最も借りやすい場所と言える。


樽の魔法を解除し手を入れる。

濁った聖水に沈んだ剣に触れると持ち主の最後を伝え追体験をすることになる。

泣き叫び壊された記憶を。

そして樽から取り出して地面に置こうとすると一人にされるのを嫌がり手から離れまいと抵抗をするのだ。

自らを壊した仇の手に落ち、同胞を狩り続けさせられた忌まわしい記憶を思いながら。それをひと撫でして落ち着かせると次の剣を取り出し地面に並べていく。

全て終わった頃には剣に触れた右手が真っ黒な痣だらけになっていた。

大小様々な手形と共に。


服装を正し狐の面を被り立ち上がる。

さてここからが本番だ。


ドミニクから預かった酒を地面に撒き、エルは舞う。


何時から伝わっていたのかすら忘れさられてしまった古い鎮魂と姿を消してしまった神への奉納の舞を。


狐は神の使いだという。ならば少しでも神の御許へと届くようにと。


くるくると。腕を広げ神代と呼ばれる時代の言葉で唄う。


多数の精霊だけが見守る舞台の上で。


『地に満ちる彷徨える魂よ次の生へ向かいたまへ。傷ついた魂よ傷の癒えるまで私の中で休むといい。傷の癒えた古い魂よさぁ旅立ちたまへ』


衣擦れと草木のざわめきと精霊のささやきと唄声。


エルの動きに合わせて精霊の言葉で唄いあげる。


地面から無数の魂が浮かび上がり空に向かっていく。


月を媒体とした大規模な浄化の儀式を行い、輪廻の輪に還れぬはぐれた魂を天に還すのだ。王都と近辺の山脈や森といった広範囲に渡って。

精霊や魂を見ることが出来る人間ならば美しく幻想的な光景だと思うことだろう。

本来ならばこのようなことをする必要はない。それは人の領分ではなく神の領分であるからだ。

だが神が居なくなったこの世界ではこうしないと転生できずにアンデットとして永遠に彷徨い続けることになる。

アンデットを動かなくすることは出来る。だが動かないだけで生き続けるのだ。それは地獄と同義である。


『彼の魂に幸福な生のあらんことを』


空に向かっていく光たちを見送る。

そしてエルは永い時の中で輪廻の輪に還れぬ傷ついた魂を取り込み続けている

自らの中で人と寄り添うことによって傷ついた魂が癒えるように。

この度回収した剣にこびりついていた魂の中にも癒す必要がある魂は居た。故に取り込む。負の感情が押し寄せてくるが今更100程の死の間際の感情が追加された程度で動じることはない。その何万倍という魂を取り込んでいるのだから。

そして新たな同居人に声をかける。


『輪廻に否定された魂よ。共に生こう。道化のように笑おう。貴方たちの魂が癒されるように』


くるくると舞う。空に向かう魂の居なくなるその時まで。

どれだけ時間が経っただろうか。

気が付けば空が白み始めていた。


舞を止めると精霊から賞賛の声。

彼らも魂と似た存在。故に嘆きの声も聞こえていたのだから。助けてやりたかったが自分たちでは手が出せなかったのだ。

そして樽に残っていた聖水は透明さを取り戻し、元の静謐さを湛えている。

並べていた剣は一本の短剣を残して刀身が崩れ柄の部分だけになっていた。

魂の力によって壊れそうな剣を繋ぎとめていたのだろう。それがなくなって崩れてしまったのだ。


形の残った剣と聖水の満たされた樽を回収し柄はそのまま残していく。

これだけが名も知らぬ若者達の墓標なのだから。

この丘の名は柄の丘という。

何十万本という柄が転がっていることから名づけられたがその理由を知っている者は極わずかである。


付与術とは、属性を付与し精霊を取り込み魔剣とすることを奥義とする。

そしてその逆。魔剣から精霊を剥がすことも付与術師の領分である。

故に精霊と似た存在である魂を引き剥がすこともなのだ。


さて、帰るとしますかね。今から戻れば数時間くらいは寝れるだろう。


帰宅途中、街の門で声を掛けられる。


「やっぱりエル君だったか。大丈夫だったかい?」


第三騎士団団長のチャールズだ。衛兵騎士団と揶揄されているとはいえ騎士団団長がこんな時間に歩哨に立っているとは予想外だった。

驚きで目を点にさせていたが別に悪いことをしていたわけではないのでまぁいいかと思い直す。


「ええ、何事もなかったですよ。騎士団の皆さんがいつも見回ってくれてるおかげですね!ありがとうございます」


「いやいや。それが仕事だからね。エル君もお疲れ様。早く帰って休むといいよ」


「流石に疲れましたからね。それでは失礼しますね」


チャールズさんも頑張ってくださいと告げて帰宅する。

彼の目にはエルフの民族衣装を着て何か踊っていたくらいに見えただろうかと思いながら眠りについた。


「定期的にあんなことをやってもらってて肉串くらいしか渡せないのは心苦しいな」


「団長、目の事は言ってないんですか?」


「そりゃあ魔眼の事など知ってしまった方も危険になりかねんからな。知らせない方が良いだろうと思っただけの事だよ」


門番をしていたチャールズと団員である。

チャールズの右目は魔眼になっていて精霊を見ることが出来る。当然魂もだ。

満月の深夜。大規模に魂が天に還っていくのを何度か目撃していれば後は怪しい行動をしている者を探すだけだった。

だがエルは特に隠すことも無く町の近くで儀式をしているものだからすぐにバレた。

一キロ程度の距離なら魔物を狩って格の高くなっている騎士団の団員なら何の問題もなく見える。

故にエルが行っている武器や土地の浄化の事はとっくに気づいている。報告も上げているから上層部も知っていることだった。


「まぁ我々はアンデットが沸かなくて助かってますしね。その礼も込めて剣を注文したんでしょ?」


「そうだな。明らかに渡した金額以上の剣が出来たのは予想外だったが」


「そう言いながら散々自慢してきたじゃないですか・・・そのおかげで皆あそこで武器を新調したわけですが」


「ゴホン!あれは忘れろ」


チャールズも流石に王や王子に自慢したのはやり過ぎたと自覚していたのだった。

彼らも丘の事を知っている。墓標を守るために巡回のコースにいれているのだ。

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