9話-魔道甲冑(2/3)

訓練場は冒険者ギルドの裏手にある。

高い石壁に囲まれ魔術的な強化がされているのが分かる。破壊するのはひと手間かかることだろう。

砂地に的用の大岩や丸太、鎧などが設置されている。

利用者もそこそこいるようでギルド職員らしき人物も見える。


「お邪魔するっすよ~」


「おや?初めて見る顔ですね?」


冒険者ギルド職員の制服に身を包んだ短髪ブロンドヘアーに優し気な茶色の瞳の男に声を掛けられる。


「そうっす!初めまして!この王都で武具店をやってるドミニク武具工房のエルピスっす!エルと呼んでくださいっす!」


「俺はその工房の主のドミニクだ。ちょっとばかり訓練場借りるぜ?」


「はいどうぞ。皆さんに開放してますからね。私、冒険者ギルド職員の戦闘教官をしているエリックと申します。困ったことがあれば気軽に言ってくださいね?」


「ありがとうございますっす!では早速っすけど的を借りてもいいっすか?新作の装備の確認がしたいっす!」


「どうぞどうぞ。的は壊れても構わない物を使っているので思いっきりやってもらっていいですよ。新作装備とはその見事な大剣のことですかね?」


看板に使っていた大剣に視線が向く。隠すことも出来ないしむき身で持ち歩いてきたのでどうしても目立ってしまう。どうやら周囲の人たちもチラチラ見ていて気になるようだ。


「いえいえ!これは新作でもないっすけど実戦は初めてっすね!そっちじゃなくて鎧の方っすよ!」


「鎧ですか?サイズが合っていない鎧だとは思いましたが・・・何か特殊能力でもあるのですか?」


「ふっふっふ!コイツには普通のとはちょっと違う身体能力強化がエンチャントされてるっすよ!」


「そうなのですか?確かにエルさんの体格ではその大剣を持つのは無理があるとは思っていましたが鎧の効果でしたか」


「そうっすよ!では早速試してくるっすよ!」


「はい、頑張ってくださいね。私もここから見させて頂きますね」


「はいっす!ではまた!」


エルとドミニクの二人が的の近くまで歩いてくる。


「エル、的はどうするんだ?とりあえず軟らかそうな丸太からにするか?」


ドミニクは丸太が地面に突き刺さっているだけの簡易的な的を指さす。


「何言ってるっすか!男なら一番硬そうな金属鎧からっすよ!」


エルが言っている的は丸太に金属鎧がかぶさってあるものだ。

恐らく騎士団辺りから廃品を貰っているのだろう。くたびれた雰囲気が漂っている。


「金属鎧か・・・たしかに硬いだろうがその大剣だろ?振り下ろしたら自重だけでべっこり逝くんじゃないか?あんまり参考にならん気がするが?」


「うっ・・・それを言われるとそうっすね。じゃあ大岩にしとくっすか」


「だなぁ。普通にその剣で殴ったくらいじゃ表面が砕けるだろうがその程度だ。

強化されてるなら割れ具合とかで強化具合が分かるんじゃねーか?」


「それもそうっすね!じゃあ早速やってみるっす!人が近づかないか見といてくださいっす!」


「はいはい、そんな大剣振り回そうとしてるやつの近くに行くやつはいねぇと思うけどな」


ドミニクが離れたのを確認して腰を落とし、脇構えにする。

大岩は2m四方といったところだろうか?丁度刃長と同じである。

となると両断を狙ってみるのもいいだろう。


鎧の魔道回路に魔力を流し込んでいく。

試作ということで少しずつ鎧が耐えられる限界まで。


魔法陣の起点となっている心臓の位置から体の先端へ。

自分を触媒にしただけあって相性が良い。

鎧の表面には魔道回路が浮かび上がり赤い光を湛え蠢き踊る。

全身が赤い光に包まれるが構わず魔力を流し込む。


まだだ。ドミニクの打った鎧がこの程度で潰れるはずがない。


カタカタカタ!!!!!


鎧が振動をはじめこれ以上は入らないと訴えてくると、魔力に釣られた多種多様な精霊が集まってくる。

意思を持たない唯そこに居るだけの者から会話が出来るような者まで。

それは反発しあってバチバチと雷や炎といった現象に現れる。


「・・・!・・!」

離れたところでガンテツが何か言っているが良く聞こえない。

そろそろいいだろう。


嘗て見た記憶の中で最も美しい剣を振るう者。

剣聖を名乗った男の渾身の一撃を模倣する。

何度も夢に見た。脳裏にこびりついた光景。

最も近くで見た存在としてそれをイメージすることは簡単であった。

そのイメージを魔道甲冑に流し込み完全にトレースする。


「ふっ!!!!!!!!!!!!」


足を踏み込み全身のバネを使い横薙ぎに振り切る。

音はなく剣は砂を巻き上げ竜巻を巻き起こす。

そして勢いそのままに大岩を上下に切断し、剣圧で背後の壁に大きな傷をつけるに至ると一瞬遅れて剣を振る音が鳴る。

切られた空間は真空となり大量の空気が流れ込むことで訓練場には突風が巻き起こる。その振り切ったままの体勢で地面に倒れ込むのだった。


「おいおい!大丈夫かよ!やり過ぎだろ!」


「エルさん大丈夫ですか!」


ドミニクとエリックが慌てて駆け寄ってくるが、エルの鎧の隙間からは大量の血が流れ出て水たまりを作る。


「こりゃやべーな!エリックさんよ!回復魔法は使えねーのか?!」


「い・・・いえ!私は前衛向けの教官なので使えないです!ポーションをとってきま・・・す?」


エルの体が輝き、ムクリと起き上がる。大量に流れ出ていた血は無くなっていた。


「いや~心配かけて申し訳ないっすね!残機が一機減っちゃったっすよ!あっはっは!」


「あっはっはじゃねぇ!何があった!聞いてた身体能力強化だけじゃああはならんだろ?」


「そうですね。身体強化だけでは筋肉が切れたりとかはありますが大量の出血というのは聞かないですね」


それはそうだろう。限界以上の肉体強化をしたところで筋肉の断裂や骨折はあるがあくまで体の内側の出来事である。血が流れるということは外傷があったということだ。


「アレですよ。鎧に身体強化をしたじゃないっすか」


「そうだな?それが何でそうなるんだ?」


「で、鎧に自分のイメージした理想の動きをさせたんですよ」


「それで?肉体の時もそうだろ?」


「でもこの鎧ってサイズあってなかったじゃないっすか?鎧と人体の関節の位置がズレちゃってるっすよ。

で、人体に関節がないところを強引に動かそうとして体がねじ切れちゃったっすね。

ホラ、生身より金属の方が強度が高いっすから、肉体強化の方が一方的に負けちゃって?」


ドミニクもエリックもドン引きである。


「エルさんはそんな危ないものを使ってたんですか?」


イカン!これでは宣伝どころか逆効果だ!


「いえいえ!そんなことないですよ!今回は偶々ですよ!」


「偶々ですか・・・?」


「そう!偶々っす!ちゃんと自分にフィットしてる鎧ならノーリスクっすから!

それにほら・・・なかなかの威力だったでしょ?」


「まぁ、それはそうだと思うのですけども。本当にリスクなくあの火力が出せるなら魅力的ですね。ですが燃費はどうなんですか?かなり魔力を使っていたようですが?」


安全性については疑問視しているようだが強化具合については魅力を感じてもらえているらしい。


「普通に使う分には最大でも通常の身体能力強化の倍くらいっすかね?中堅クラスの冒険者なら問題なく使えると思うっすよ。魔力の少ない前衛でも常時使い続ける訳ではなくて短期間の切り札として使うなら問題ないかと?」


「たしかに燃費のいい身体能力強化の魔法が2倍の消費量になったくらいなら大丈夫かな?勿論例外は居るけども。

ところで体は本当にいいのかい?あれだけの回復魔法を使えば消耗も結構しただろう?」


実のところそれほどの消耗はないのだが。

だがここで元気だというのもおかしな話なので今日の所は撤収することにする。


「あー・・・それはたしかに?うん、僕も今日は疲れたのでお暇しますね!ありがとうございました!」


「コイツが迷惑かけたな。またな!」


「はい。またお越しください」


売上にも貢献しないのに丁寧に対応して送り出してくれ、お店に戻ってくる。


「あー・・・失敗だったな」


「おや?成功では?」


「・・・あれでか?死んだと思ったぜ?印象最悪だろ?」


「死んだっすよ?残機が減ったっすけっどね!はっはっは!」


「アホか!っつかそんな簡単に復活すんなや」


「まぁ生命力が高いエルフっすからね!森で一匹見かけたら百匹は居るっていうでしょ?」


これは事実である。森に集落を作り引きこもりがちなのでなかなか見当たらないだけで実際にはそこら中に居る。体がちぎれても元に戻るのはエルくらいのものだが。


「言うか?まぁ、無事だったのはいいが。だが、あんな血まみれの姿見られて営業は失敗だろ。教官のエリックですらドン引きだったじゃねーか」


「そうっすね~。でもその直前の剣を振りぬいた光景はしっかり強烈なインパクトを残せたと思うっすよ?見てたのはエリックさんだけじゃなくて他の冒険者の方も居ましたし」


「そりゃそうだろうがな?」


「ドミニクの旦那は心配性っすね?人間は皆自分だけは大丈夫だと思う生き物っすよ?だからあの鎧も自分なら使いこなせるって信じ込むっすよ」


「それはそうだが。まぁちゃんとジャストサイズで作ればいいだけなんだろ?」


「そうっすよ!それにいきなり全身鎧じゃなくても部分鎧でもいいですしね?

ガントレットだけなら握力と手首だけの強化とか色々出来るっす」


「おお!それなら売れそうだな!」


「はいっす!だから今回の実験は大成功だと思うっすよ!」


「そうだな。不良在庫で新商品が生まれたと考えればあり・・だな!」


「ですです!」


「で、そのエンチャントしてしまったが為にジャストサイズの人が現れるまで売ることが出来なくなってしまった鎧はどうするんだ?買い取るか?」


「ぅ!覚えてたっすか。まぁ強化のレベルを押さえればいいだけとはいえ、つい力んで体が耐えれない強化とかやっちゃいそうですしね」


「300万だぞ?忘れるわけねーだろ。社員割引で原価の50万にしてやってもいいぞ?」


「ぐぬぬ・・・それでも高いっすね」


「そりゃ鉄を大量に使ってるからな。このくらいにはなるだろ」


「しょうがないっすね」


「お?お買い上げか?包んでやろうか?」


ウキウキで梱包用の箱を用意しようとしているのを慌てて待ったをかける。


「違うっすよ!奥の手を使うっす!」


「奥の手だ?そんな絶対に売れないだろう鎧をどうするんだ?」


「まぁ見ててくださいっすよ!・・・脱ぐの手伝ってもらっても?」


「はいはい・・・」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る