7話-鍛冶場の精霊

全ての窓が閉め切られ、薄暗がりの鍛冶場に炎が踊る。


竈を見つめる一対の紅い瞳は瞬きひとつしない。


物言わぬ鉄の塊は沈黙を保つ。


炎は喋る機能を持たないながらも訴えかけてくる。



まだだ・・・もっと・・・もっとだ!!!!



それに答えるために薪を投入し鞴を動かす。



もっと!もっと!!もっと!!!もっと!!!!


・・・


『今だ!』


最高のタイミングを見逃すことなく黄金色と白珠の光り輝く素材を投入し素早くかき混ぜ振るう。


ジュワァアアアアアアアア!!ジャッジャッ!!


「中華は火力が命!!!!!!」


そう、僕は今、炒飯を作っているのだ。

このためにドミニクに作らせた中華鍋を必死で振るう。

腕が悲鳴を上げているが完璧な炒飯の為なら必要な犠牲に過ぎない。

シンプルな卵と米のみの組み合わせ。塩コショウのみによる味付けだ。

余計な具材など入れない。自分の腕だけによる真っ向勝負。


腕が震えてくる。

この時ばかりはエルフの細腕が恨めしい。


「もう少し耐えてくれ僕の腕!もう少しだ!もう少しなんだ!くっ!」


「もう少しでなんだって?」


背後にドワーフの気配がするが構っている暇はない。


「もう少しで出来上がるんです!静かにしててくださいっす!

・・・出来た!完成っす!」


「それは良かったな?で?遺言はそれでいいのか?鍛冶場を貸せというから貸してやったっつーのに・・・」


鍋を火からおろすと火のように真っ赤な顔をしたドミニクが仁王立ちで見ている。

これはヤバいな。だがこればかりは引くことは出来ない。


「いえいえ。こんな遺言は嫌っすよ。それにこれは必要な事なんすよ?」


「必要だぁ?神聖な鍛冶場で飯作ることがか?」


「そうっすよ!これは精霊への報酬っすからね。食わないで下さいよ?」


「食わねぇよ!てか精霊は食い物なんか食えねぇだろ?適当言ってんじゃねぇのか?」


まだ疑いの表情だ。


「適当じゃないっすよ!これは竈の火の精霊への報酬っすからね!食べるというか燃やすというのが正しいかと?」


「あぁん?どういうこった。精霊が炒飯食わせろって言ってんのか?

てかなんで鍛冶場の精霊が炒飯なんか食いたくなるんだよ。台所の竈の精霊なら分からんでもないが」


「精霊が炒飯を食いたいって言ってるんですよ。どうやら前にも食ったことがあるらしくて定期的にあげてるっすよ?」


「マジかよ。俺はそんなもん食わせた覚えはねぇぞ?てか、初犯じゃなかったのかよ。

通りで良い匂いがしたり油っこいことはあったが」


「もう何回目か覚えてないっすけどね。

聞くところによるとドミニクの旦那じゃなくてその先代の鍛冶師が料理もこの竈でやってたらしいっす」


「ハァ!?師匠何やってんだよ!?」


自分の信頼していた師匠が神聖だと言っていた竈で飯を作っていた。

それはなかなかに衝撃的な出来事だったようだ。


「本当にそうっすよね。で、そのこぼれた料理を食べてたので炒飯も覚えてたらしいっす」


「おいおい。まぁ話は分かったがその竈に前から精霊がいたのか?」


「そうっすよ?気づいてなかったっすか?古くからあって、人から大事にされてきた物には精霊が宿るっすよ。

旦那もここで鍛冶をしたら上手くいくことが多くなかったっすか?」


「・・・それはそうだが。ひょっとしてその精霊様が補助をしてくれてたのか?」


「そうっすね。でも過度な補助はしてもらってないっすよ。そういうの嫌いでしょ?

精々が五分五分の賭けの時の成功率が上がる程度っす。あとは竈そのものが壊れにくくなるとかその位っすね」


「分かってるじゃねーか。それならいい。で、そこにいるのか?」


竈を指さす。


「はいっす!お預けされてるっすから早く食べたそうっすよ?」


「分かった。その炒飯を火にぶちまければいいのか?」


「そうっすね。燃やすことが食べるってことっすから」


ドミニクは火からおろしていたフライパンを竈の火にくべる。


「ずっと見守ってくれてたんだな。ありがとうよ」


火は勢いを増し零れ落ちた米粒を巻き上げ、一瞬のうちに燃え尽き灰となる。


「本当だったんだな」


「おや?疑ってたっすか?」


「半分な。だが火の不自然な動きを見れば何かが居るのは分かる。

・・・これからはここで料理してやってくれ」


「いいんすか?」


「ああ、同じ店で働く仲間だろ?給料払ってない分、飯くらいは出してやらないとな」


「分かったっす!油べたべたになると思うっすけど了解っす!」


「・・・時々で頼むわ」


「はいっす!」


僕の業務に同僚への賄いが追加された。


きっとこれからはもっと良い品質の製品が店先に並ぶことになるだろう。

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