腎臓!お前を人体パーティーから追放する!

春海水亭

右心房左心房は心臓が二つあるって意味じゃねぇよ!

「腎臓!お前を人体パーティーから追放する!」

 そう言って、アルスは勇者の剣を用いて麻酔なしの腎臓摘出手術を行った。

 悪鬼を切断するための剣で自身の身体を切り開き、新鮮な腎臓を抉り出し、金貸しに手渡す。

 傷口は回復魔法で塞いでいるため、表面上は何の影響もないように見えるが、回復魔法は苦痛までも消し去るわけではない。

 止めきれぬ身体の震え、蛞蝓を思わせるほどの大量の発汗、それでも尚、アルスは笑みを浮かべて見せる。


「はい、利息受け取りました……というわけで、早く、邪神退治しないと死にますからね!?勇者さん、マジで頼みますよ!本当に!」

 金貸しが受け取った腎臓に保護魔法を掛けながら、無感動に呟く。

 勇者アルスの腎臓――誰かの体内に移植されるのか、あるいは悪趣味な金持ちの邸宅に飾られることになるのか、その未来を決める権利は既にアルスにはない。


「言わずもがな、だ!」

 アルスの空白の右目は眼帯で覆われ、左手は古代技術によって作られた義手に置換されている。そして、今回は腎臓。アルスは月に一度、自分の何かを失いながら旅をしている。


 アルスの旅の目的は何か、世界を闇に包まんとする邪神スゲーワリーヤを討伐し、世界に平和を取り戻すことである。勇者の剣に選ばれたものは戦いの宿命を背負うことになる――命がけの旅である、だがアルスには一切の不満はなかった。

 

 名も知れぬ誰かの笑顔のため、そして報奨金のためである。

 邪神スゲーワリーヤを討伐したものに与えられる報奨金――小国ならば買える程の金額である、それと同時にアルスがギャンブルで背負った借金と同額であった。

 なぜ、それほどの額をギャンブルで溶かすことが出来るのか、いや、そもそもなぜそれほどの額を貸し付けてしまったのか、ただ一つ言えることは、それこそが世界を救うもののスケールであるということだろう。


 アルスに金を貸しつけた金貸しも裏社会では名の通った存在である。

 一日で十倍にも二十倍にも膨れ上がるような暴利を貪り――勇者もその手に掛けんとしたが、実際の所、彼から取り立てる利息は毎月人体の一パーツを奪ってなおも、そこらへんの街金が地獄の鬼に見えるほどの善意の金利である。

 正直な所、もはや金貸しも勇者アルスから金利の取り立てなどは行いたくないのだ。勇者アルスが健康な身体でなければ邪神の討伐難易度は上がるし、そもそも邪神が討伐されなければ世界が滅亡する以上、金のことなどいくら考えてもしょうがない。

 だが、貸金に対して雀の涙ほどの利息であっても、取り立てなければ、やはり破滅する運命である。それほど莫大な額の金を金貸しは勇者アルスに貸し付けてしまった。

 借金というのはあるラインを超えると、金を貸す側ではなく借りる側の方が有利になる――その究極系である。


「いつもすまないな、金貸しさん!だが、邪神を討伐した暁には必ず元金を返済する!その間、俺の身体などいくらでも差し出すからな!」

「えぇ……」

 金貸しは天を仰いだ。

 元金を返さず、毎月しっかりと利息を払い続ける客――金貸しとしてはこれ以上に美味しい客はいない、そのはずなのに、実際は二人で二人乗りの火の車を漕ぎ続ける運命共同体である。

 いや、アルスが勇者としての責任感から真面目に利息を払い続けているだけで、一回でも「払うのやーめた!」と言えば、それで自身は破滅である。


「それでだな、金貸しさん!この前救った村から、再生の秘宝と呼ばれる宝の噂を聞いたのだ」

「再生の秘宝……ですか?」

「なんでも、その秘宝を使えば一度だけ好きな人体の一パーツを再生できるらしい!」

「それはまぁ……」

「その秘宝があるダンジョンがここから一週間かかるらしいのだが、どうだろう。俺はその宝を取りに行ったほうが良いのだろうか」

 金貸しは考える。

 ダンジョンに行くまでに一週間、さらに元のルートに戻るまででさらに一週間。

 そしてダンジョンの攻略難易度を考えると、失った分の人体を取り戻して――トントンになるか、微妙なところだ。

 金貸しはちらりとアルスに目をやる。

 アルスはきらきらと輝く瞳で金貸しを見つめている。

 そうだ、旅の判断は金貸しに委ねられているのだ。


――誠意の証として、金貸しさんに僕の旅の舵取りの権利をお預けしたい。


 旅に出る日、アルスはそう言って金貸しに進路を任せた。

 もしも莫大な借金がなければ、もしも相手が勇者でなければ、もしも、もしも、もしも、もしも、もしも、だ。

 もしもの可能性ばかりが金貸しの頭の中を渦巻く。

 相手がアルスでなければ、命令に忠実な奴隷として死ぬまで金を搾り取ってやっただろう。

 だが、利息のことを考えながら真面目に邪神討伐をさせなければ――二人は、いや、アルスは最悪の場合借金を返済しないという選択肢を取れる、いや、そもそも今命令に従っているのも勇者の生真面目さによるものなのだ、結局、金貸しだけがすべての破滅を背負っている。


「再生の秘宝を取りに行きましょう……」

「なるほど、では……今回失った腎臓を!」

「いえ、目を再生したほうが……勇者さんの戦闘も有利になるでしょう」

「ふむ……では次に追放する人体パーツは耳介が良いだろうか!?」

「鼓膜は残るとは言え、耳介はやめておきましょう……うぅ……くそ……」

 金貸しは思い出す。

 借金のカタとして相手から取り上げる人体パーツをルーレットで決めていた日々を。怯え、祈り、のたうち回る債務者――あれは最高の娯楽だった。

 今は違う。

 勇者以上に真剣にどのパーツを取り上げるかを考えなければならない。

 戦いに影響が出ないように、しかし邪神討伐まで寿命が保つように、自分の肉を削るように相手の肉を削らなければ。


「俺としては心臓なら半分ぐらい行っても問題はないと思うのだがな、右と左に分かれているらしいし」

「右心房と左心房を曲解してんじゃねぇ!」


 旅は続く、世界が救われる日まで。

 あるいは、どちらかが破滅する日まで。

 

 そして――


『そ、そんな俺が追放されるだなんて……』

『はっ、腎臓なんてのは残った一つだけあれば十分なんだよ!』

『失せろ役立たず!』

『この俺様、勇者人体パーティーのリーダー心臓様と名前が似ててややっこしいんだよ!!』


「勇者さん、声が聞こえませんか?」

「いや、なにも聞こえないが……」

「……そうですか」

 金貸しの耳に届く勇者の人体パーツの声。

 幻聴か、あるいは本当にそのような能力を得てしまったのか。

 参考になるかもしれないし、ならないかもしれない。

 だが、間違いなく言えることは――


――このまま行けば、勇者よりも自分の破滅のほうが早い。

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