File.04 接近

恐る恐る森の中へと足を踏み入れた秋元は、木々の間を一本一本進む度に、辺りを見回して警戒をした。落葉を踏む音にさえ気を使わなくてはいけない。センチネル族は、この大自然と同化しているはずだ。いつもと違う音が聞こえたら、それを不審に思うだろう。

秋元は、海水で水浸しになった革靴で慎重に歩く。

裸足で歩いた方が音は軽減されるのかもしれないが、万が一、足を枝や小石などで怪我をしてしまっては逃げる事も出来ない。

ガサ、ガサと微かな音をたてながらも、秋元は一歩一歩進んで行く。


秋元は極限状態の中、尋常ではない喉の渇きに襲われていた。早く喉を潤したかったが、近くにはまるで水の気配は感じられない。耳を澄ませてみたが、川のせせらぎのような音は聞こえてこなかった。相変わらず、鳥と虫の鳴き声、風の音が聞こえるだけだった。


「どうにか、水が飲みたい」


しかし、秋元は思った。

水辺が近くに無いという事は、この近くにセンチネル族の集落も無いのだろうと。

確かセンチネル族は狩猟等をして、食物を得ていると記事で読んだ事がある。浜辺からここまで300メートルほど森を進んで来たが、食物となり得そうな動物にも出くわしていなかった。

その点で言えば、この近辺はまだ比較的安全な地帯なのかもしれない。水も動物も存在しない場所に、集落など作るはずはないのだ。

しかし100%安全という訳でもない。センチネル族に我々の常識は通用しないのだから。


慎重に歩を進めていた秋元だったが、ふと足を止め上を見上げると不気味な物が目に飛び込んできた。

それは、木の枝にくくりつけられた、無数の動物の骨のようなもの。明らかに何かの意図や目的があり、設置されているのだろう。何かの儀式の為か、若しくは部族の目印だろうか。どちらにせよ、不気味なものだ。この島自体が彼らの聖域だと、改めて思い知らされた。


「待てよ。この骨が地上数メートルの木の枝に吊るされているという事は、センチネル族が木の上にいる可能性もあるのか。センチネル族はきっと木登りなど、朝飯前なのだろう」


今までは前後左右ばかり注意していた秋元だったが、これからは上も気にしなくてはならない。

四面楚歌とはまさにこのような状況か。


そんな事を考えていると、秋元の耳に、微かにある音が飛び込んできた。

それは自然の音ではなく、人間の話し声。

秋元は急いで木のかげに隠れ、身を伏せて声のした方に目を凝らす。

そして見えたのが、距離にしておよそ80メートル程の至近距離にセンチネル族の集団がいた。

その数、約10人程。

全員裸の男たちで、手には槍のような物を持っている。


「**********」


「*****」


「***************」


こちらとは反対の方向を指差しながら、彼らはしきりに何かを話している。

何を話しているかは全く理解は出来なかったが、恐らく狩りの打ち合わせか何かだろうか。


秋元は一気に冷や汗が吹き出し、鼓動が速くなるのを感じた。

息を殺し、センチネル族の様子を窺う。幸いにもまだ気づかれてはいない。

そのまますぐにセンチネル族は、指差していた方向へと進んでいった。


秋元はひとつ深呼吸をして考えた。


「どうする・・・。彼らとは違う方向へ進むのが一番無難だが、敢えて一定の距離を保ちつつ、後をついていくか」


サバイバルホラーを描いた小説や映画では、その二択に絞られてるくるだろう。

バイオハザードなどの作品では、現地で仲間と出会い、武器を調達して相手と戦うのだろうが、ここにはそのどれもが無く、あるのはただ絶望だけだ。

もしかしたら、センチネル族とコミュニケーションを取る事が出来れば、脱出に協力してもらえるかもしれないと秋元は少し考えたが、彼らからしたら、スーツ姿の日本人の男などと関わりたいとも思わないだろう。


「ここは最初の分かれ道だ。彼らから遠ざかるか、この距離を保ちつつ尾行するか。彼らから遠ざかれば、とりあえず身の安全は保証されるだろうが、水や食料の期待は出来ないかもしれない。彼らについて行けば危険度は増すが、水を発見できるかもしれないな」


秋元は小声で呟いた。


だが考えている時間はあまりなかった。センチネル族はどんどんと進んでいっている。悠長に考えていては、彼らを見失ってしまう。


「一か八か賭けてみよう・・・」

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北センチネル島からの脱出 岸亜里沙 @kishiarisa

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