File.03 森へ

襲いかかる高波は、まるで巨大な生物の如く真っ白な飛沫を上げ、次々と人間を飲み込んでいった。

叩きつける波の衝撃は、途轍とてつもなく強大で、人間の力などに等しい。

秋元もこの大自然を前に抗う術は、何も持ち合わせていなかった。

何度も海中へと引きずりこまれては、また海面へと浮上する。救命胴衣が無ければ、秋元の体はとっくに海底へと沈んでいただろう。


無惨にも海中へと消えていった小型客船の発見には、恐らく数日はかかるはずだ。

この事件の全容解明には、まだまだ時間が必要になる。

自分の遺体もこのまま腐敗し、下手をしたら一生発見されないままかもしれない。

どうしてこんな事になってしまったのか・・・・・。

様々な思いが脳裏を過りながら、視界は徐々に暗転していった。



秋元は悪夢にうなされ、目を覚ました。日はかなり高く昇っている。もう昼近いのだろう。

海水でベタついた髪と、素肌をジリジリと焦がす太陽。そして、まとわりつく灼熱の砂のせいで、秋元はびっしょりと汗をかいていた。

救命胴衣と、濡れたスーツを着たまま眠ってしまった事を、秋元は後悔した。

日射しを遮るものも無く、体温も上がっている。

それだけではなく、尋常じゃない喉の渇きに秋元は襲われていた。軽い熱中症のような状態に陥っているのかもしれない。24時間近く、しっかりと水分を摂っていなかった。


「水を確保しないと・・・」


秋元はゆっくりと起き上がり、岩の陰から辺りを見回してみた。近くにセンチネル族は居ないようだ。

だが油断は出来ない。一度でも彼らに見つかってしまえば、執拗に攻撃を仕掛けてくるだろう。

まさか、商社マンである自分が、このようなサバイバルホラーの状況に陥るとは、秋元は想像もしていなかった。

しかし秋元は強みも兼ね備えていた。秋元はキャンプや登山といったアウトドアを趣味としていて、毎年夏には2週間ほどの夏期休暇を取り、世界各地の山へと出向くのが常だった。その為、一般人よりかは多少のサバイバル知識を心得ている。


「背広は脱いだ方が良いだろう。ここは赤道にも近いし、寒くなる事はないはずだ。救命胴衣は脱出の際に使うかもしれないから、センチネル族に見つからないようにしなくては。とりあえず森の中へ行くしかないだろう」


秋元は背広と救命胴衣を脱ぎ、砂浜の上に脱ぎ捨てた。海水を含み、かなりの重さになっていた為、脱いだ瞬間、ふっと体が軽くなった。


センチネル族に見つからないよう、また匍匐前進ほふくぜんしんで森へと向かおうとした秋元だったが、砂浜の上に、太陽に照らされてキラキラと光る物体が目に入った。


「あ、あれは・・・」


秋元は岩陰からゆっくりと這い出し、砂浜を進む。


「これは、ありがたい」


砂浜に落ちていたのは、500mlのからのペットボトルのゴミだった。

環境や生態系を破壊するプラスチックゴミ問題を秋元は不快に思っていたが、今の状況を考えた時、このゴミが自分を救うかもしれないありがたい存在に見えた。救世主とは正にこの事か。


「これで水を効率的に集められる。よし!あとは森の中で真水を探すだけだ」


秋元はペットボトルをズボンのポケットに押し込むと、森へと進み出した。

とにかく喉の渇きをどうにかしたかった。食糧は森の中で、キノコや木の実等を集められれば、餓えは凌げるだろう。

やはり一番の懸案は、センチネル族だ。

森の中へ足を踏み入れるという事は、彼らのテリトリーを犯すという事に他ならない。もう後戻り出来なくなる。見つかってしまえば、殺されるだけだ。


砂浜から10分ほどかけ、秋元は森の入り口へと辿り着いた。そびえ立つ大樹の隙間から森の中の様子をうかがってみたが、動く人影は見当たらない。木々が生い茂る森は、昼間でも薄暗い。秋元は目を凝らし、耳を澄ませてみたが、近くに川や水源などは無さそうだった。ただそこには不気味な程の静寂があるだけだった。


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