その15 一難去って

「──ネフっ!」


「――――時間は……?」


 かちり、と手の中で針が重なった。

 正午、ちょうど迎えたタイムリミット。


「間に合ったよ……!」


 ネフの首がこてんと倒れる。ふーっ、と長く、安堵のため息。よかった、と小さく呟いた。


「ちょっと、休むわね……」


 ぺたりと座り込む。渡した水筒をくぴくぴ飲んだ。

 冷えた地下の風が、熱気をさらりと拭っていく。張り詰めていた空気が幾ばくか緩んで、僕も床に腰を下ろした。

 しっかり固くて、どっしり冷たい。

 

「おつかれさま。無事でよかった……本当に」


「――ありがとう。ちょっと、危なかったけど」


 ようやく呼吸も戻ってきて、ネフは小さく微笑む。

 静寂の広がる中、微かに音が聞こえてきた。堂々とそびえるパイプを伝う、重量感のある響き。川のように連続的で、安定したリズム。

 魔女じゃなくても、これで確信を持てる。ネフは皆を救ったのだ。





 ゆっくりと一息ついたのち、僕とネフは先へと進んだ。

 選んだのは、パイプから直角に逸れる道。さっき見つけた分岐を辿るルートだ。

 入口もパイプラインに合流する道だったから、出口もそうだろうという考え。

 そして、それはどうやら間違っていなさそうだった。

 

「――これは……エレベーターか……?」


 道の突き当たり、扉を開けたその向こう。

 無骨なアクセスアームが伸びる先には、潰した円筒のような部屋があった。移動式らしく、斜め上へ向かって空間が口を開けている。

 終着点は、暗くてよく見えなかった。


「上へ向かうのは確かなようね。行きましょう」


 歩く度に、ぎゃっぎゃっと軋む音。でも崩れたりはしなそうだ。アクセスアームを渡りきり、やけに頑丈なハッチを開ける。内部は少し明るい。腰掛けが幾つか見えた。相変わらず、必要最低限の無機質な内装。

 中に入ると、ほんの僅かに床が揺れる。移動式なのは間違いなさそうだ。ネフをよいしょと引き込んで、ハッチを閉めた。

 ぼぅ、と照明がさらに明るくなる。

 壁に沿って、腰掛けが並ぶ。部屋の真ん中には、操作盤とおぼしき光る板。滑り台の前の部屋でもあったやつだ。

 まいったな、あの文字は読めないぞ……? 不安になりながらも、二人で覗きこむ。


「――なんとなく、分かるわね……」


「――ああ。これが上昇ってことだよね。この点滅してるやつはよく分からないけど」


 表示されたのは、ありがたいことに図式化されたものだった。ここは地下で、このボタンを押せば地上へ上がれて、と見るだけで理解できる。所々に文字で説明があるものの、読めなくても問題はない。

 ……点滅しているボタンを除いて。


「このボタンも押さなきゃいけないのかしら」


「……とりあえず、上昇のボタンを押そう」


 ずずっと押し込む。


 ――――がくん。


「お、動いた」


 下から押し上げられる感覚。数百年も昔に作られたとは到底思えないほど、滑らかに昇っていく。


「良かった、無事に動いて」


「ええ、だけど……」


 ネフの目線は手元に向いていた。押したボタンの隣、点滅していた謎のボタン。その間隔が随分と短くなっている。

 ちかちかと鬱陶しい。


「……押さなくても動いているのだし、このまま放っておきましょうか」


「うーん……でもなんとなく、押せって誘導されてる感じがするんだよね」


 キツツキが木をつつくような速さで点滅するボタン。無理やりにでも意識を向けさせる、そんな意志が感じられる。

 じゃあ押した方がいいか……?


 ――かちり。


 「……あ」


 気付いたら、手が伸びていた。


  

  

 

 (その16へつづく)

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