その14 長く、短い25分

 無機質な通路には、等間隔に明かりが付いている。最初のうちは何個分進んだかを数えていたけれど、なにせずっと続くもので、僕は途中で挫折した。

 ずっと同じ景色の中で、ひとつの影と二つの足音だけが動いている。何とも言えない不安を感じる光景だ……。


 ――そして、不安といえば。


「出口、あるわよね……」


 心を読んだかのようなネフの言葉。

 そう、帰り道が決まっていないのだ。滑り台を登ることはできないし。


「……流石にあるんじゃないかな。出られなくする理由がないから」


「……ええ。そうよね!」


 ネフはぱちん、と頬を叩いた。

 乾いた音が響いて――――あれ。


 ……今、音が変わった?


 まるで途中ですかっ、と抜けたような──。

 

「……ネフ、聞こえた?」


「いいえ……どうしたの?」


 反響音が抜けるということは。


 ――別の空間が口を開けているということだ。


「……この先に別の道があるみたいだ。マナが詰まってる場所まではどれくらいかな?」


 ぺたりとパイプに触れるネフ。

 ふーっと息を吐く。


「……もう少し先ね。あと一〇〇メートルくらいだわ」


「道もちょうどその辺だ、行こう」


 残り時間、あと三十分――!





 通路と交差するように現れた未知の道。

 その入口でネフとレノンは足を止める。魔女は杖を引き抜き、パイプに向けた。片方の手をその上に置き、気持ちを整え魔力を流す。

 冒険者は通路の様子を窺った。無機質さは、通ってきた道と変わらない。赤の光源が続く、薄暗い通路だ。

 だけど、その先には扉があった。流れる空気も、どこか違うような。


「うわ……」


 レノンの後ろ、パイプ内部を弄っていたネフが思わず声を漏らす。

 魔力の流れは、一本の糸のような形をしている。パイプ内の魔力はその本数が多いとはいえ、通常ならば各々が真っ直ぐ流れている。

 だがここでは、その全てが絡み合い、大きな腫瘍のようになって流れを止めていた。

 やるべきことは単純、絡まった魔力をほどけば良い。ただし、絡まり具合が尋常ではない。


「――レノン、あと何分かしら」


「……二十五分。できそうかい?」


「ええ。……もちろん」


 その言葉はネフ自身にも向けられていた。想定を軽く超える複雑さ、不安がむくむくと湧いてくる。ほどくことはもちろん出来る、だがどのくらいの時間がかかるかは全くの未知数。二十五分で足りるかは正直なところ、分からなかった。

 ……でも、やり遂げなければ。出来なかった、ではエルベスが滅んでしまうのだ。

 全ての意識をパイプの中へ。マナの塊を観察して、外側の線を探す。靴の紐を引っ張って、少しずつ緩めていく。

 ……杖が震える。動いてもいないのに汗が滲む。かくり、膝が揺らぐ。

 体の異変に気付くこともなく、ネフは魔力をほどき続ける。文字通り全神経を集中させて、素早く的確に。

 残り十五分。ようやく一回りほど小さくなった。このペースなら、あと三十分くらいで終わるだろうか。

 

 ――でもそれでは、間に合わない……!

 

「もっと……、速く」

 

 呼吸に小さく、意思が載る。

 生命維持、魔力行使。

 二つを残し、その他全ての力が消えた。



  

 あわてて伸ばした腕はなんとか、間に合った。

 右に左にふらふらと、さっきから立っているのもやっとの様子だったネフ。ついにがくん、と倒れかけて、ひやっとしたけど。


「――ここまでなるのか……」


 ネフは完全に力が抜けていた。

 へにゃへにゃだった。

 あんなに小さく、軽く感じた体はどこへやら、気を抜けばずるっと落ちていくほどの重さがのし掛かってくる。

 そして、ひどく熱い。まるで重い風邪をひいているかのようだ。

 水筒の水で湿らせたハンカチも、直ぐに温かくなってしまう。振り回して冷やすも焼け石に水。

 だけどやらないよりは。このままなのは絶対に良くないし――。


 ――魔法を使えない僕はこんなことしか出来ない。


 なにも出来ないのがなんともどかしい事か!

 時間の進みも早く感じる。残り時間はあと五分。進捗も気になるけど、それよりネフが心配だ。死んじゃったりしないよな?

 ハンカチと時計を交互に握り、悔しさを噛み殺しながらネフを支える。ひとときもパイプから離れないネフの手を見つめながら、うまくいってくれと祈る。

 ぴくり、指先が跳ねた。ちらっと眺めた針はほぼ重なっている。三十秒を切っていた。

 ぴしゃりと雫の音。太陽のように熱いネフ。ハンカチが意味を成していない。

 もう間に合わなくても、ネフさえ無事ならいい。そんな事を考えていた、その時。


 ――はらりと、ネフの手が下りた。





(その15へつづく)

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