その16 こころの岩

 ネフが僕を見た。

 僕は自分の腕を見る。

 その先についている手のひらが、ボタンの上に載っかっていた。


「……ごめん」


 力無く手を離すと、かちりと戻る。

 うるさい点滅はぱったりと止まっていた。

 ネフは鼻から息を吐いて、周りを見渡す。

 そしてもう一度、僕を見た。

 

「――大丈夫よ。何も変わっていないわ」


「それなら良かったけど……」


 胸のばくばくが少し収まって、どこかへすっ飛んでいた意識が戻ってくる。

 ネフは操作盤をちらっと見て、それからすたすたと歩いてきた。


「立っていてもあれだし、座りましょ」




 

 ――わたし、レノンと一緒で本当に良かったと思うのよ。


 しばらく続いた静寂のあと、ぽつりとネフが口を開いた。

 僕は少し、目線を上げる。魔女は前を見たまま続けた。


「時々ね、考えるの。もしかしたら、私一人でもここまで来れたのではないかしら、って」


 ――胃袋が登ってくるような気がした。

 ネフは優秀な魔女だ。それに機転もきく。多少おっちょこちょいなことを鑑みても、彼女の能力なら一人でもやっていけるだろう。そんなことは、考えなくても分かる。

 ……なにせ、僕は自分がいる意味のほうを考えるくらいなんだから。

 胸の奥に巣食っている惨めさが、ネフの言葉に大きく頷いた。

 

「不可能ではないのよね。箒はあるから移動はできるし、行く先々でちょっとずつ働けばお金も大丈夫だし。もちろん時間はかかるでしょうけど」  


 まったくその通りだよ。

 僕はそう思ったけれど、口には出せなかった。

 足手まといだと認めてしまう気がして、情けないけど、自分からは言えない。……言いたくない。

 ただ、半ば諦観を持って、ネフの言葉を待つ。


「……でも、それは理論上の話。結局いつも思うのは、レノンと私だからここまで来れたってことなのよ」


「……!?」

 

 隣を見た。

 だってそうでしょ、路銀の稼ぎ方すら、レノンが教えてくれるまで知らなかったのだし。

 人差し指を立てて、ネフが言う。


「……旅をするなら誰でも知ってるし、いずれ知ることだよ。……一人でも」

 

「そう? そうだとしても、そういう直接的な事だけが理由じゃないわよ。一番は、私たちが二人で選んできた道の先に今があるということよ」


 どちらかが居なかったら通らなかった道。

 一人だったら起きなかったトラブル。気付けなかった問題。会うこともなかった人たち。知ることも無かった情報。


「レノンと私、二人で得てきたものが積み重なって、今ここまでたどり着けて、これから先も進んでいけるの。もし後悔することがあったとしても、二人なら一人で抱え込まなくてよくて、分かち合えるのよ。そうして一人でいるよりもたくさんのことを学んで、より良い道を選んでいける。それが、レノンと一緒で良かったって思う理由なの」


 ――どうして君はそうやって、気持ちをばか正直に言えるんだろう。

 ひねくれた心にはまっすぐ過ぎて、受け止めるだけで精一杯な言葉の連なり。気を遣うとか、そういうものではない、混じり気のない強い想い。

 胸の奥でごとごと転がっていた重い岩に、ぱりぱりとひびが入っていく。

 

「だから、これからも私のバディでいてね。あなたはなんだか、引け目を感じている様だけれど」


「……ばれてたのか」


「もちろんよ。もっと早く気付ければよかったわ」


 とにかく、これからもよろしくね。

 ネフの拳が軽く胸を突く。ちょっと触れた程度だったけど、岩はそれでばらばらになった。





(その17へつづく)

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