その11 タイムリミット

 ……やけに扉が多い。

 ネフがその都度前に出て開けていく。そもそも制御区画に入れる時点で魔法が使えることは確認済みなんだから、ここまで厳重にする必要はないんじゃないかな?

 五つめ、最後の扉を潜りながら、そんなことを考える。

 たどり着いたアクセスポートはこじんまりした部屋だった。中央にはさっきと同じように光る板があって、その前方にはハッチと思しき円形の扉が四つ。

 さっと表面を払ってから、ルノウさんが板を操作する。丸が四つ――ハッチを表しているのだろう――が浮かび上がり、点滅を始めた。


「――ちかちかしているのはなぜかしら?」

 

「――おそらくは状況確認中ということかと。ほら、それぞれの下に場所の名前があります。ええと――生命維持システム、エネルギープラントライン、生産システム、それと……断絶システム……?」


 断絶……? 何と断絶するというのだろう?

 翻訳間違いかもしれません、とルノウさん。ぴたりと点滅が止まり、僕らは再び覗き込む。


「――正常に機能しているのは生命維持システムと生産システムだけですね。残りの二つは停止している……おや、ご丁寧にその理由も書いてあります。なになに……」


 文字列をなぞりながら、ぶつぶつ呟いている。そしてやっぱり、と大きく頷いた。


「断絶システムとやらはエネルギー不足、プラントラインが停止しているのが原因です。予想通り、直すべきはプラントラインですね」


 それで故障の原因は……、とルノウさんは先を読み進めていく。

 途切れ途切れに、破損ではない、とかエネルギー流路ってことなの? とか聞こえてくる。

 

「……なんだか不安になってきたわ。馴染みの無い単語ばかりよ……」


 ネフが耳元でこっそり言ってきた。

 確かに、ゼノさんの説明が無かったら、ここの技術に魔法が関係しているなんて考えもしないだろう。つい最近明らかになったというのも納得だ。

 でも魔法が関係しているのなら、ネフは大丈夫。疑いようもなく一流の魔女だ。

 それに――。


「……僕もいる。機械は風つかみで慣れてるよ」


 口に出してからしまったと思った。これでは自信があるみたいじゃないか……でもまあ、いいか。

 さっきは上手くいったんだし。次も上手くいくだろう。


 「……ええ。頼りにしてる」


 ぎゅっと手を握って、微笑むネフ。その手は少し湿っていた。


 「原因がわかりまし……あら。良いですね」


 ぎくっ。

 するり、とネフが前に出る。ごく自然に手が離れる。


「――何かしら……」


「……いえいえ何でもありませんよ。さて、お二人の邪魔をしたくは無いのですが、あいにく時間がありません。手短に説明します」


 ルノウさんの頬が引き締まる。少しほてっていた僕の頬も、つられてすっと冷めていく。


「良い知らせと悪い知らせがあります。まずは良い知らせから。原因はライン内におけるエネルギーの詰まりだということが分かりました。詰まりを取るだけなので、想定していたよりはずっと簡単です」


 悪い知らせとしては、エネルギー――つまり魔法に干渉できるのは魔女だけなので、ルノウさんは手が出せないということだった。

 ということはネフの出番だ。しかも簡単なことらしい。


「よかった、そこまで悪い知らせじゃないですね」


「それが、これだけじゃ無いのですよ。あと二つあります」


 二つ。もしかして、良いと悪いが一つずつ……?


「どちらも悪い知らせですね」


 だよな……。そこまで都合良くはいかないか。


「一つ。申し訳ありませんが、私はこの端末で状況を監視しなければならないため、ここを離れられません。ですので作業はお二人にお願いする形になってしまいます」

 

「問題ないわ。どちらにしろわたしの役目みたいだし、レノンとなら大丈夫」


「心強いお言葉です。頼みますよ」


 そして、もう一つなのですが。

 ルノウさんは板を指差す。そこには、さっきから表示され続けている文字列がある。確か、最初の部屋の板にも表示されてたような……意味は分からないけど。


「状況を報告します。先に言っておきますが、焦る必要はありません」


そんな、不穏な前置きから繰り出されたのは──。

 

 ――エルベスの貯蔵エネルギーが先ほど、底を着きました。一時間で作業を完了させないと、エルベスの全インフラが停止します。


 ……。


 …………。


──「焦るに決まっていますよ!」「焦るに決まってるわよ!」


 とんでもなく悪い知らせに、僕たちは思わず口を揃えた。





 (その12へつづく)

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