その12 恥ずかしい、ね

「お二人の能力を考慮した上で言っているのですよ。それに魔力の流れを調整することは魔法の基礎、ネフさんには造作もないことでしょう」


 それはそうかもしれないけれど……と口ごもるネフ。ルノウさんはここぞとばかりに畳み掛ける。


「ですので、一時間というタイムリミットはほとんど問題ありません。むしろ、過度な焦りによる失敗のほうが問題になります」


 だけど、いくら作業が早く終わりそうとはいえ、リミットがある以上焦りは生まれるもの。

 なにか時間を確認できるすべはないですか、と聞いてみる。

 それならこれを、とルノウさんはポケットをごそごそやって、ずっしりとした懐中時計を渡してくれた。


「私物で申し訳ありませんが……」


「助かります。お借りします」


 ――もう正午なのか。寄り添った針をちらりと見てから、僕は慎重に懐へしまう。


「……エネルギーラインは配管のような形をしています。内部の状態は配管表面からでも計測できますので、魔力の流れがよどんでいる場所を探し、正常な状態に戻していただければ完了となります。エネルギーラインさえ復旧すればプラントも動きますので、エルベスは危機を脱するでしょう」


「わかったわ、ちゃちゃっと終わらせましょう。終わったら、ここに戻ってくればいいかしら」


「それで問題ありません。もし何か、想定外のことが起こった際はお迎えに伺いますので、その場を動かぬようにお願いします」


 頷いて、ハッチの前に立った。ルノウさんが板に指を走らせる。軋みながら入口が開く。

 

「……成功を祈っております」


 激励を背中に、ネフと僕は狭い空間へ足を踏み入れた。

 後ろでゆっくりハッチが閉じて、暗闇が体に纏わりついた。程なくして赤く、弱い光が灯る。

 目の前が照らされ、露わになったのは。


「滑り台……!」


 人一人分の幅で、ローラーが敷き詰められた金属のコースが伸びていた。行く先はさらに深く、遠く、ゴールは全く見えない。

 ここまで長い滑り台は見たことも聞いたこともない。一体どれほどスピードが出るんだ……?


「――危険だ」

 

 思わず足がすくむ。


「――ええ。でも行くしかないわ」


 ネフは杖を腰のベルトに刺した。深く、簡単には抜けないように、何度も確認する。

 

「二人で一緒に行きましょう。途中ではぐれたり追突したりしないように」


 確かに。だけど、どうやって? 間髪入れずに連続で出発するとかだろうか。

 ここに座って、とネフが示したのは、滑り台の始まるぎりぎり手前。ふくらはぎがコースに乗っかる、そんな位置だった。

 ……なるほど、これでネフが後ろに続くと。


「――それで、わたしはここに」


 僕を跨いで、ネフは腰を下ろす。腿の間にぴったりと、細い体が収まった。

 そっちか……! ばりばり前じゃないか。しかもこの体勢は……あまりにも近い。


「これは……危なくないかな、ネフが前になってるし……」


「前も後ろも同じよ。一緒に突っ込むんだから。それに、わたしはこのほうが安心できる……もの」


 ふいっと前を向いてしまった。

 黒髪が頬にぴしりと当たる、そんな距離。


「……ちゃんと押さえててね。箒に二人乗りしたときみたいに、しっかりと」


 僕の手を掴んで、ネフはぐっと引っ張った。

 胸に小さな背中が当たる。ぴくり、も少し跳ねて、ゆっくりと戻る。服越しに分かる、じんわりとした暖かさ。呼吸まで伝わってくる。やっぱり近い。


 ……ええい、仕方がない!


 思いきって抱き寄せた。手の甲にそっと、手のひらが添えられる。気付けば、ネフと同じくらい……いやそれ以上に、頬が熱くなっていた。

 くるり。茶色の瞳が振り返る。

 

「ふふ。……ちょっと、恥ずかしい、ね」


「うん……えっ?」


「さあ行きましょ、えいっ!」


 ネフがぐい、と足を引く。ぐるん、とお尻の下が滑る。

 跳ねた心音も周りの景色も、全てが一瞬で風に溶けて、後ろへすっ飛んでいった。





(その13へつづく)

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